A white day dream.


───暑い。


今は夏。
夏も盛りの葉月の中頃。

そして、何故こんな太陽の照りつける青空の下にいるかと言えば。


「暑いな。このままなら暑さだけで死ねそうや」
「…嫌がらせに熱湯注ぎたてのカップラーメンでも買って帰りましょうか」


『暑い時には冷たいかき氷こそが至上の幸福』というモチさんの一言だった。


「はは、そりゃ嫌がらせ以外の何でもないな」
「可愛らしい嫌がらせでしょう?
 この暑さじゃかき氷なんて買って帰ったところで、
 戻る頃には確実に半分は溶けているでしょうし」


つまり、私は江神さんと一緒に我がEMCの買い出し(かき氷)に行くという、
非常に重大な任務をモチさんから仰せつかったのだ。


「………暑い」


京都の夏は容赦が無い。
心頭滅却したところでどうにかなるような代物ではなく、ある意味殺人的ですらある。
これが盆地という地形効果の賜物であるという事は知っていても、
一体その何割がそうした地形効果の原理まで知っているのだろうか。
そんなどうでもいい疑問に思考は向かう。

自分が思っている以上に、身体は相当堪えているらしい。


「おい、大丈夫か?」
「ええ…死にはしないと思います」
「そういう問題とちゃうやろ。…本当に顔色悪いぞ?」
「そう、ですか」


夏は苦手だ。
熱さ自体はまだ我慢できる。
でも。


「本当、嫌い…」
「嫌い?」


突然青空を仰ぎ、睨み付け、ぽそりと恨み言をこぼす隣の私を訝しげに見下ろす江神さん。


「嫌いって…なんや唐突に」
「嫌いなんですよ、夏の太陽って」
「夏の太陽が…またどうして?」


夏の熱さ自体は我慢できる。
でも夏の太陽の暑さは嫌い。

それは───





「自分が『生きてる』という事実を必要以上に感じさせられるから───」





別段、死にたいという訳じゃない。
ただそれと同様にして、特に生きていたいとも思えないのだ。

けれど。

この太陽の陽射しが。
強い光が、容赦無く。



自分の『生』を。
自分の今までの、そしてこれからの『生』を。

自分が『推理』という『分別作業』で、
どれだけの人間に『犯罪者』の烙印を刻み付けてきたのかを。
『推理』という『凶器』でどれだけの『狂気』を『解体』してきたのかを。
『解決』という多くの『破滅』を、時には僅かな『救い』をもたらして。
もたらしたそれらにどこまでも捕われている自分を明からさまに照らし出して。


私に、思い知らしめる

判らなくさせる。
見失わせる。




───『推理』する自分という存在意義と、その『生』への価値を





「だから、嫌、い…」


───暑い


「! !」


じわりと白む思考。
だんだんと遠のく世界。
陽射しに溶ける意識。


「───しろ、しっかりしろ、!!」


最後に感じたのはやんわりと受け止められるような感触。
そしてふわりと身体が宙に浮く感覚。
この浸食するような暑さとは違う、包み込まれるような心地よい暖かさ。

そして。


「───…誰もお前を責めたりはしない…できない、……させない。
 だからそんな風に自分を否定しようとするな…」


微かな江神さんの声。










どうやら暑さで倒れた私は。
そのまま江神さんに抱きとめられた上に、所謂『お姫さまだっこ』をされて運ばれたらしく。
気付ば、そこは公園の木陰で。
芝生の上で、木に背を預け座る江神さんの肩に頭をもたれさせる形で寄りかかっていた。


「───江神、さん…?」
「お、気が付いたか」
「私…倒れたんですね…、すみ、ません」
「謝ることなんかあらへん。…そのまま、もう少しじっとしとけ」
「…はい」


この蒸しかえるような暑さの中にも拘らず、木陰は別空間のように涼しかった。


「───…心地良い」


蝉の声も、通る風の、またそれに音擦る葉の音もちゃんと聞こえるのに。
今この瞬間、世界に自分と江神さんしか存在しないような感覚に襲われて。

酷く、戸惑う。


「なぁ、
「はい」


この感覚を失くすのが惜しくて、江神さんの肩に頭を預けたまま声だけを返した。
そんな自分にまた、戸惑う。


「確かに、俺もお前の言うぎらぎらと照りつけてくるような太陽の光は俺も好きやない」
「はい」
「せやけどな、夏の太陽っていうんはそれだけやないやろ?」
「…?」
「例えば───」


伝わってくる僅かな振動に、江神さんが顔を上げた事が判った。


「この木漏れ日にしたところで夏の太陽の光である事に変わりはない」
「───…」
「せやかて不快やないやろ、こういうんは」
「…はい」


近い距離で聞くその声は、直接頭の中に響くようで。


「要はその光の『在り方』やと俺は思う」
「在り、方……」
「そうや。確かにお前を苦しめるような在り方の『光』もあるかもしれん。
 けどな、お前を包んで…慈しむような在り方の『光』もあると思うんや」


身体の隅々まで染み渡るようで。


「この木漏れ日みたいにな」


葉々の隙間から漏れ射す日の光は江神さんの言う通り、心地よくて。
江神さんの優しい声も、やはり心地よくて。
そのまま、今度は微睡むという形で自分からゆったりと意識を手放していった。



だから。
夢現つに聞いたそれは。





「───俺はそう『在り』たいと、思う」





それはきっと。

夏の太陽が、私のまだ不安定な想いが見せた、
酷く都合の良い、淡く揺らめく真昼の白い夢。





真夏の白昼夢



ちなみに、『熱い』と『暑い』との意味の違いは以下の通り。
熱い→温度が高い。感情が高まる。
暑い→気温が高く不快である。

アリスは江神さんを『太陽というよりはどちらかといえば月』のような人間だと言ってますが、
私は『太陽のような月、月のような太陽』といった人間かと。
『暖かさの中の寂しさ、寂しさの中の暖かさ』という感じですかね。