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「なあ、
「何?」
「江神さんって……いや、何でもあらへん」
「…随分と歯切れが悪いわね」


寒空の下、公園のベンチに座り同時に缶コーヒーをあけたのは、
私、と友人、有栖川有栖の二人。


「すまん。でも、これはきっと俺の取り越し苦労やねん」
「ふぅん…」
「きっと…」
「取り越し苦労であって欲しい…違う?」
「───…っとに適わんなぁ、には」
「当然でしょ」


苦笑するアリスに、表情を変えずそう返す私。
普段と変わらない何気ない会話。
モチさん達には『夫婦漫才』などと冷やかされる事もある私達のこんなやり取りは、
何だか目の前の景色には浮いているようで、それでいて何故か相応しいような気もした。

それはきっと。


───もの寂しい。


そんな感覚のせい。

ふと見渡した枯れた色合いの公園に自分達以外の気配は無く。
それに相乗して、頭上に広がる灰色の空が視覚的な寒さに余計に拍車をかけているらしい。


「……笑うなよ?」
「モノによりね」
、お前なぁ…」
「はいはい。それで、江神さんが何?」
「あのな…まぁええ。……ほんまに変や思うかもしれんけど」
「前置きはもういいから」


そう言葉を促しながらも。
どうしてか、何となく。
アリスの言いたい事が何なのか判って。





「───江神さん、急にふつりと消えてしまうんやないかって思うんや、時々」





『ふつりと消えてしまう』
それは酷く的を得た表現だと、そう思った。





「変やろ? そんなんあるはずないねんに」


そう言ってまた苦笑するアリス。
でもそれは先程までのとは違い寂しさを含んで。
そしてその口調はどこか自分に言い聞かせるようですらあった。


「どうかしら…」
?」
「私もそう感じる時があるから、…時々」
「!」


そう言えば眼を見張るアリスに今度は私が苦笑して。


「でも、私の場合は少しアリスとは感じ方が違う」
「違うって…どんな風に?」
「そんな大した違いじゃないわよ、ニュアンスの違い」
「気になるやないか、そないな風に言われたら余計に。言えよ」
「さっきまでとは打って変わって随分と強気ね…まぁいいけど」


飲み干して空になってしまったコーヒーの缶は、すでに熱を失っていて。
手に余していたそれを『くずかご』と古びたプレートの掛かった鉄の網籠へと狙いを定め、
灰色の空へと放り投げた。


「私の場合は…───」


放射線を描いて落ちるそれは、とても緩やかに、酷く怠慢に動いて見えて。
コマ切れのフィルムを違和感の無い程度に早送りして見ているようで。


───カコン…


その最後の映像は結局、
カゴの縁へと当たり、乾いた金属音を響かせて地面に落ちた缶の画だった。





「意外とノーコンやな、
「「え?」」


突如、缶とは真逆の方から聞こえてきたその声に、勢い良く振り返ったアリスと私は。



「「江、神さん…」」


当の本人の登場に、一方は素で、もう一方は柄にもなく。
一瞬息を呑んだ後、思いっきり上擦った声でその人の名を呼んでいた。


「また呼吸ぴったしやなぁ」
「………」
「………」
「何や、また二人揃って。しかも何あからさまに動揺してんねん」
「い、いや…」
「………」
「さては、二人で俺の悪口でも言うてたんやろ」


固まってぎこちないアリスと私を見て、さも面白そうに笑う江神さん。
笑うついでにとでもいう様に、両手でポンポンと私達の頭を撫でてまでくれた。
その表情はまるでお日さまのようだった。


(手ぶら…)


どうやら。
買い出しに行ったっきりなかなか帰って来ない私達の様子を見に来てくれたらしい。


「え、江神さん、いつからそこに…」
「何や、ほんまに悪口言っとったんかい」
「いえ、そういう訳じゃ…」
「ちょっと『江神さん談義』なるものに花を咲かせてただけですよ」
「は?」
「ね、アリス?」
「え、ああ。まぁそんな感じで」
「おいおい…」


「何やねんそれ…」と私達の頭に手を置いたまま、訝しげに眼を細める江神さん。
と、油断していたアリスと私は、
そのまま今度はその手のひらでぐりぐりとやられてしまった。


「油売ってからに、何しとんのかと思えばお前らは…!」
「わわっ、すまんせん」
「っ……すみません、でした」


ついでにわしゃわしゃとまでされて。
でも結局は最初と同様にポンポンと優しくあやされて。


「よし。今後は気を付けるように」
「「はーい」」


幼稚園の先生の様な仕草に、会社の上司のような口調でそう諭す江神さんと、
これまた小学生の様に間伸びた返事をした私とアリスは。


「「「っぷ」」」




3人、しばらく声を合わせて笑った。










「やっぱ、俺らの勘違いやったんかもな」


3人での帰りの道すがら、前を歩く江神さんをいいことに私にそう耳打ちしてきたアリス。


「………」
「いや、やっぱり勘違いであって欲しい、か…」
「何がや?」
「わっ!」


後ろを向いたまま、私達の内緒話にそう鋭く突っ込んできた江神さんは、
私の分の荷物を持ってくれているのとは反対の手をグーパーさせて。


「またコソコソと……仕置きが足りんかったか」


くるーりと振り返り様に見せたその表情は半眼で。
更に、((地獄耳…))と一歩後ずさった私達の心情を読み取ったのか。


「足りんかったみたいやな」


と、笑顔。





私達はもう一度、生温い説教をありがたくも頂いてしまった。










「アリスの奴、意外に足早いのな」
「逃げ足には自信も定評もあると自分で言ってましたよ」
「さよか」


そんなこんなで、これ以上の危機回避と称し、
荷物だけ持って先に行ってしまったアリスに取り残された、
この寒い中を敢えて走って逃げる気の起きない私と、
特にアリスを追いかけるつもりは無いらしい江神さんは、
とぼとぼと大学までの残り僅かな距離を歩いていた。


「江神さん」
「何や?」
「さっきの私とアリスの話、聞いてたんでしょう?」


これは確信。


すると、ひたりと煙草に火を付けようとする江神さんの動きが止まる。


これで確証。


「…どうしてそう思う」
「あの状態では私とアリスが話し込んでいたのは明白なのに、
 わざわざ『悪口』という先手を打って、話の内容に一切触れてきませんでしたからね」
「そんなに不自然だったか」
「いいえ」
「ならどうして」
「強いて言うなら、そこから先があまりにも『江神さん』らし過ぎたから、ですかね」
「適わんなぁ…」


そう苦笑すると止まった動きをそのままゆったりと再開させ、
江神さんは灰色の空を見上げた。


「……せやったら、教えてくれ」
「『ニュアンスの違い』を、ですか?」
「そうや」
「敢えて自分から避けておいて聞くんですね」
「ああ」


その視線はどこか遠くを見つめたまま。


「アリスは江神さんが『ふつりと消えてしまう』んじゃないかと言ってました」
「ああ」
「私もそう思います」
「…それは」
「『ふつりと消えてしまう』そんな予感がする…」


そう、これは推理ではなく、ただの勘。


「………」
「でも私に言わせれば、江神さんの存在が消えてしまうというよりは…」
「よりは?」


勘とでも言うべきいい加減な代物。


「…江神さんの存在が『消えて』しまうというよりはむしろ、次第に『消えていく』」


何の確証足り得ない。


「───…」
「それが江神さん自身の意志なのかどうかはまだ判りませんけど」


けれどそこから先はやはり推理で。


「江神さんの時間だけがどこかで止まってしまう…。
 けれど私達の時間はやはり流れていってしまうから、
 江神さんの存在する時間から次第に離れていく。
 江神さんだけ遠のいていって…ふつりと消えてしまう、そんな気がします」


それでも、その二つの境界は酷く曖昧なものだから。




だから私の考えているそれはどこかしら不安定で、どこまでも不確定で。





「そうか…」





なのに。





江神さんは。
最後まで遠くを見つめたまま、何も言わなかった。



江神さんに頭撫でられたいという私の煩悩の結晶です。
そしてポール江神さん的なノリを(笑)
『Shine on.』では月光ゲームのルミに対抗したつもりだったんですが。
おんぶにお姫さまダッコで対抗するあたりが私の引き出しの少なさを物語ってますか。