蕩尽に関する別考察 15








「お前が"気まぐれ"に"独り言"を呟いてくれなければ気付かなかったかもしれん」


廃屋の一部屋に二人きり。
決して重くはない沈黙を実に穏やかに破ったのは江神さんだった。


「…さぁ、何のことでしょうか」


江神さんは窓際のソファに、私は部屋の片隅に。
そのいい加減な距離が作り出す曖昧な世界。
互いに互いを認めた心沈黙。
互いに独り言の延長のように交わす会話。
それらを心地良い、などと。
不謹慎にも感じてしまったのはきっと、疲れているせい。

もう推理はしないと決めたのに、他人の未来に干渉してしまった報い。


「…一つ、聞いていいですか?」
「何や?」


尋ねれば、江神さんは視線は溝口宅の裏口から全く外すことなく、
しかし器用にもしっかりと意識だけをこちらへと向けてくれた。
江神さんは優しい。
それも過ぎるほどに。
望まずも、人一人の運命を否応無しに押しつけられたというのに、
押し付けて逃げた私を見逃して、且つ見捨てないでいてくれている。

自分はこの人に甘えてる。
それは許されることではないと、頭では判っているのに。


「江神さんにとって『探偵』とは何ですか?」


気付けば、そんな理性を無視して開いてなどいるこの口。


「随分と漠然とした問いやな」
「なら周囲から『探偵』として扱われることについて、
 江神さん自身はどう感じていますか?」


探偵。
それは以前までの自分の職業。
そして存在価値でもあったそれ。


「探偵は嫌いか?」
「…判りません」


探偵とは何か?
探偵の存在意義とは?
探偵である自分の存在価値とは何か?

考えて私は、結局何もかもを見失った。


「そうか。俺は自分を特に探偵とは思ってへんからな、
 正直、他人に探偵として見られるのは複雑な気分や。
 まぁ決して悪い気のするものじゃないが。
 それに俺は誰かを救おうとか、そんな殊勝なことを考えて、
 推理じみたことをしとるわけやない。
 そないな崇高さは、残念ながら全く持ち合わせてへん。
 ぶっちゃけた話、俺は俺が嫌やと感じたこと、
 気に食わんことを止めようと、そう思って好き勝手やってるだけや。
 俺を動かしてるのはそんな自分本位で安っぽい正義感や、多分の知的好奇心なんや」


そして今も、見失い続けている。


「けどな」


江神さんが首から上を巡らせてこちらへと振り返る。


「俺が探偵まがいの役割を果たすことで、
 結果、誰かの何かしらを保つことができるなら俺は探偵であってもいいと思うてる」


白い月の光に照らし出され、穏やかに笑むその顔。





「俺はのための探偵ならばそうあってもいいと、思って今こうして此処にいる」





このかた求め続けて止まなかった答えを見い出したような、そんな気がした。





「俺の探偵論についてはこんなとこやな。どうや?」
「…『探偵論』なんて言い得て妙ですね」


総代。
探偵を有価値と肯定することのできなくなった私にとっても、
今も貴方だけが最高の、そして最後の探偵です。


「江神さん」
「何や?」


そしてそれはおそらく、これからも移ろうことの無い真実なのだと思います。


「…私は、これからも此処に居てもいいんでしょうか」


私を私として保たせてくれた、私を私足らしめて下さった貴方は、
今も今までも、そしてこれからも唯一絶対の存在です。


「いや、もう手遅れやろ」
「え…?」


けれど。





「お前が逃げ出したい言うてもな、そう簡単に逃がしてはくれんと思うぞ?」





もう一人、探偵と思える人に出会いました。





「あいつらも、勿論この俺も」





貴方以外に初めて、傍に居て助けになりたいと。
そう願える探偵に巡り会うことができました。



いい加減終わらせなきゃという強迫観念に追われてます。(汗)