いつだったかと二人で飲みに行った事があった。
まぁ、二人で飲みに行くこと自体は別段珍しいことじゃないんだが。
(なんて蒼也が聞いたらどんな顔するんだか…見物だな)
ただその帰り際の会話が酷く印象深く。
時々ひょいと顔を覗かせては、脳裏を掠めることが今もままある。
I'm a brother.
初めて顔を会わせたのは総代室。
偶々仕事の都合で居合わせてしまったに、偶々出社していた俺は、
鴉城の旦那に呼ばれてそこで各々紹介された。
第一印象は…まぁ、アレだ。そんなもんだ。
─────────
「よう、の嬢ちゃん」
「どうも」
「何だ、愛想がねぇな」
「そうですね」
「………。」
にべも無ぇ。
とにかくあの頃は名前すらも呼んで貰えなかった。
は自分が認めた相手以外は極力名前を呼んだりしないという特異な主義の持ち主だ。
勿論、極端に攻撃的なものではなく、日常生活に差し支えのない程度のものだが、
(本人に言わせると、下手にやっかみを起こす方が断然面倒だからとのこと)
態度も一貫して、良く言えば無駄の無い、悪く言えば冷淡とも取れるもので。
はっきり言ってそこらのヤツらじゃ速攻でヘタる。
俺はどうだったかって?
まぁ、俺にしたら単なる好奇心の一対象だったからな。
けれどそれからしばらくして。
旦那の指示でが俺専属のお目付役兼探索係についてからは、
嫌が応にも顔を会わせるようになった。(何であんなにあっさり見つかるのか…)
そこから段々判ってきたという人間の性質。
とりわけ最初に判ったのは、普段からの表情の乏しさはその独自の推理スタイルのため。
そしてアイツの天賦の才ともいうべき愛想の無さは、
実は、対照的な九十九と同じく『天然』に繋がるようなものだということ。
─────────
「おう、の嬢ちゃん」
「どうも」
「相変わらず、愛想がねぇな」
「私の場合、愛想は消費物なので。節約を心掛けてるんですよ」
「は! そりゃイイや」
そして、親しさと皮肉の量が比例するということ。
どうでも良い相手に対しては(意識して、常識を逸脱しない程度の態度で)、
会話すら成立させないこと。
少しづつ見えてきたという人間の輪郭。
コツさえ掴めばこっちのもんだった。
─────────
「お。嬢ちゃん!」
「天城さん、今すぐ報告書提出して下さい」
「おいおい…、久々に顔会わせおいていきなりそれはないだろうよ?」
「いいからさっさと出して下さい」
「あのな…」
「はは、二人がそんな仲良かったなんて知らなかったよ」
「氷姫宮さん」
構ってやってるのか、構われてるのか。
幽弥に言わせると『兄妹』のような、そんな戯れ合いすらも交わすようになって。
城ちゃん達から見ると、
幽弥も込みで『兄弟妹』なんて家族のような付き合いを楽しむようになった。
正直、悪い気はしなかった。
まんざらでもなかった。
「こんにちは、ちゃん」
「お疲れ様です」
「そ、そうだ! これから幽弥と飲みに行くんだけどよ、一緒に行かねぇか?」
「話しをすり替えないで下さい。報告書の提出を」
「ぐ」
「まぁまぁ」
「幽弥、お前からも何か言ってやってくれよ」
「折角だし付き合ってくれないかな?
漂馬がJDCにいるなんて滅多にないことだし、ね?」
「お前な…」
「だからこうしてしつこく報告書請求しているんですが……判りました」
は賢い。
だから所謂『境界線』を的確に捉えて弁えていたし、
そこに土足でずかずかと踏み込んでくるような真似はしなかった。
勿論それは城ちゃんや幽弥といった他のJDCメンバーにもいえることだが。
「よっしゃ!」
「氷姫宮さんがそこまで言うなら」
「…おい、俺はどうでもいいのか」
「あはは、じゃあ早速行こうか」
程良い距離間に心地良い安心感。
救われてる、そういう自覚があった。
─────────
「んで、蒼也とはどうなんだ?」
「………」
「どこまでいったんだよ?」
「ああ、僕も気になるなぁ」
「…氷姫宮さんまで酔ったふりはやめて下さい」
おや、バレてたか。なんてわざとらしく幽弥と顔を見合わせたりなんかして。
そんな『兄達』の様子には少々呆れたように溜め息を吐いてた。
少々というのは傍目からであって、
の性質を考えれば実際には相当呆れてたことだろう。
「んだよ、ケチケチすんなって!」
「別にケチってませんよ」
「なら出血大サービスでもって吐け」
「何ですかそれ」
まったく…、と僅かに目を細めて、琥珀色のグラスを飲み干す。
一方幽弥といえば洒落たグラス片手に可笑しそうに事の成り行きを見守ってやがったっけか。
「そんなの蒼也本人に聞いて下さい」
「お、照れてんな?」
「照れてません」
「嘘吐け、照れてんじゃねえか」
「照れてません」
「本当見てて飽きないなぁ、二人とも」
そんなこんなでいつもの行きつけの店で、いつものように一通り飲んで。
けれどしっかりと報告書請求を怠らなかったにJDCへと連行された俺は、
恋人である城ちゃんの姉君・乙姫からポケベルに連絡が入った幽弥とは店の前で別れた。
「こういうのも偶にはいいだろ?」
「別に報告書提出さえ済ませてあれば『偶に』じゃなくてもいいんですよ」
「かー、仕事熱心なことだねぇ」
「天城さんが怠慢過ぎるだけです」
JDCへと逆戻りコースを直進中に、何とはなく交わされる何気ない会話。
きっとアイツにしたって特別な事を言ったつもりなどなかっただろう。
「ってーと、嬢ちゃん、一日一日を精一杯生きるタイプか?」
「報告書と生き方は関係ないでしょう…まったく。
私はそんな生真面目な人間じゃありませんよ」
「じゃあどんなだってんだよ」
けれど俺の酔いを一瞬で奪ったそれは、
今も俺の一部を占め、きっと一生消えることのない言葉となった。
「私はただ、『明日、世界が消滅する』と。
『今日が最後の日かもしれない』と、そう思って日々生きてるだけです」
酷く遠くを見ているかのような眼で。
「───いつかその日はやって来るのだから」
『千視万考』は対象の未来を見通す『かのような』推理方法。
そこにあるのは超能力やら何やらの怪しげなものではなく、膨大な思考パターンの連鎖。
ならばの『千視万考』は自分の未来さえも見抜いているのだろうか。
見えて『しまって』いるのだろうか。
「いつの日か、必ず…」
───だから、あんなにも酷く遠い眼をするのだろうか。
─────────
「おや、天城氏に嬢!」
「おう、城ちゃんに蒼也じゃねーか」
けれどそんな俺の懸念を余所に、どうやらは思った以上にタフにできているらしく。
「煙草は身体に悪い。
故に、当然すぐにでもやめるべきだよ、嬢。なぜなら…」
加えて俺が思った以上に、きっとの考える以上にその周囲と環境は恵まれたもので。
「いづれは鴉城氏の子供を生む大切な身体だからな。
生まれてくる子供のためにも、大切にしないといけない」
近くの『者』達にどうしても眼がいってしまうばかりに、『遠い眼』をする暇も無いようで。
「……………。」
「ッゲホ!! っ…ゴホッ!!」
「…っく、あはははははは!!」
おそらくアイツもその事をしっかりと自覚しているはずだ。
この俺にだってちゃんと判るくらいだからな。
悪い気はしないと。
まんざらでもないと。
救われている、と。
そう思ってるはずだ。
─────────
「なぁ、蒼也」
「何だよ」
「ってホント可愛いヤツだよなぁ」
「はぁ!?」
『兄』と『妹』。
「妹がいたらあんな感じかね」
「───そ、そうかもな」
さて、この関係は一体いつまで保つものなのか。
「でも、まぁ」
「ん?」
「恋人、なんてのもそれはそれでオツか」
「な…ッ」
「気をつけろよ、アイツ意外と兄心ってヤツをくすぐるからな。
『兄貴気取り』の輩も周りに結構多いんだぜ?」
兄妹は家系図上だと棒と線で繋がった横に並ぶ関係だからな。
「油断してっと、文字通り『横から』かっ攫われるぞ?」
「───やってみろよ」
まぁ今しばらくは可愛げの無い弟共々、
大切な妹をしっかりとからかって楽しむとするか。
"兄"として。
何故か強化週間第2段はお兄ちゃん天城さんです。
まぁ色々と絡ませて、仲良しこよしの謎を解明編!のつもりでした。
というか、いい加減この長ったらしい文体をどうにかしたいです。
もっと文章を必要最低限に…いらない箇所を思い切って削り落とせる推敲力が欲しい…(切実)