I wish
you have peace of mind.


さんとこうしてゆっくり話せるのも久しぶりですね」
「ええ、本当に。互いに忙しい身ですからね」


凄惨な事件現場から戻ってくれば、そこは清廉とした格式高い名門ホテルのスイートルーム。
しかしこれは自ら予約した訳ではなく、ロンドン警察側から用意されたものだった。
恐るべきは九十九十九という名のブランドの為せる技である。


「今、コーヒー入れますね」


それとも私の入れる安っぽいインスタントでなしに、本格派のルームサービスの方にします?
背を向けたままそう言葉を投げ掛けてきたのは
今回の事件の助手であり、十九にとってはかけがえの無い友人であり女性である彼女。
彼、九十九十九が知る中で誰よりも厳しく、そして誰よりも優しい女性。
それ故に彼が何よりも信頼する、何よりも大切な人間だった。


「いいえ、よろしければ入れて頂けますか?」
「判りました」


答えてコーヒーを入れようとメーカーに手を掛けた彼女は、何故かふと彼を振り返る。
そしてベットへと腰掛けた十九の傍まで引き返しゆったりとその隣へと腰を降ろした。


さん?」


彼女の重心の移動と共に、ベッドが軽く沈む。
そしてその手がゆるりと十九の目元へと伸びた。


「サングラス」


日頃九十九が掛けている、というよりは九十九に掛けて貰っているとも言える、
世にも幸運な高級ブランドのそれに触れて、やんわりと奪う。


「私には必要無いでしょう?」
「そうでしたね」


互いに零す、吐息のような微笑。
総代を言わしめて『傾国の美人』という絶世の美貌に、
神秘的な音楽とまで形容される美声を持つ九十九は、
すれ違いざまにも人を、男女問わず失神させてしまうため、
警察側からサングラスの着用を要請されている。
そしてはそんな九十九の外見に対し免疫、抗体を持つ数少ない人間であり、
なお且つ無効化できる唯一の人間だった。


「本当、綺麗な顔立ちですね」


一種殺人的とも言える九十九のそんな美貌を、
はいつだって『綺麗な顔立ち』とあっさり片付けてしまう。


「私にしてみればさんの方がずっと綺麗だと思いますよ」


そして十九も十九でまた同様に、
おくびもなく相手に向かって『綺麗だ』などと正面きって言いのけてしまうのだった。

けれど天城に言わせれば『天然』と称されるそれも、
彼にしてみればお世辞でも何でもない。
凛とした雰囲気、綺麗だから冴えて見える顔立ち、自身の生き方を表した真っ直ぐな姿勢。
そして何よりも、惹き付けて止まない強く揺るぎない意志と瞳。
それは内面から滲み出るもの故に、本当に『美しい』と彼にはそう思えた。


「……九十九さんが仰ってもほとんど説得力ありませんよ」
「そうですか?」
「本当に…相変わらず自分の事に関しては無頓着なんですから」


彼の周囲の全ては皆、少なからずというよりはほぼ十九の事を何かしら特別視している。
そして『救世主』として不相応な、人並みの素顔を意識、無意識を問わず無視する。
中には『探偵神』は幻滅する機会も与えない程に完璧過ぎる、と嘆く者さえいる。


けれどそれは。
十九に陽の部分しか存在しないのではなく、
十九が陽の部分以外を見せようとしないからでもない。


ただ人々が十九の陽の部分以外を見ようとしないだけなのだ。


人離れした容姿に加え人智の及ばぬ推理方法からすれば仕方のないことではあるが、
時に信仰の対象のようですらあるそれは、いくら九十九とはいえ、
煩わしいとまではいかずとも息苦しく感じることはあるのだ。

勿論、自惚れるつもりはないしそれに不満があるわけでもない。


「やはり、さんと居るときが一番安らげます」


けれど彼女は、彼女だけは。
名前でも外見でもなく自分という一個の存在を取捨選択せずに認めてくれる。


「それは…光栄ですね」


『探偵神』としての自分は勿論のこと、『探偵神』として不相応な、
自分が人として持つありとあらゆる感情の一切を損ねることなく、
対等な立ち位置で、同等の目線で、同じ次元で。
その全てでもって応えてくれる。


「貴女といる時が一番自然に、生きているという実感があるのです」


彼女の前でのみ、自分は一人の人間として存在できる。


「ありがちな表現かもしれませんが…」


だから、私はこう思うのです。





「貴方がこの先、ずっと傍に居てくれたら私はどんなに救われることでしょう」





そう、私は心から願うのです。





告げてやんわりと彼女の左手を取り、静かに口付ける。
その薬指の付け根の、白く透き通るような肌に。





「…これは、氷姫宮さんも顔負けですね」





思わぬ所に堂々と落とし穴ですよ、と彼女は微笑った。










「───ところでさん」
「何です?」
「宜しければ膝をお借りしても構いませんか?」


また少しばかり驚いたような顔をしただったが、
彼の意図するところはきちんと理解できたらしい。
仕方ないですねなどと肩を竦めて一つ、苦笑というには柔らかな笑みを浮かべる。


「寝心地は保証できませんけど…どうぞ」


そして快くその膝を提供した。


「ありがとうございます。…手頃な時間になったら起こして下さいね」
「ええ」





「ゆっくりと話せる、ね…」


そうして後に残されたのは穏やかな静寂。


「コーヒーを入れて欲しいって言ったのは誰です?」


穏やかな寝息と。


「折角久しぶりに2人で居るっていうのに…まったく」


それに対する甘やかな愚痴に。


「まぁ、こういうのもたまにはいいけれど」





穏やかな表情のと、その膝枕で眠る穏やかな十九の寝顔。



JDC強化週間第5段にしてやってしまいましたの九十九十九。
あぁああぁぁあぁ(汗)
不発です。超不発弾ですよ…!! 救いようがない。
人間くさい九十九さんを書こうと思ったんですが…が、がふっ(吐血)
一応イメージ曲は鬼束ちひろの【Our Song】。
そして題名の『貴方のその心も穏やかであればと願う』もその歌詞の一節。

image music:【Our Song】_ 鬼束ちひろ.