貴方の為ならば、何だって盾とする私を見て


All the things are
because of you.


「失礼します」
「おお、。久しぶりじゃな」
「! 不知火老師」


呼ばれた総代室には、予想し得なかった懐かしい顔があった。


「いつ戻られたのですか?」
「何、戻ったのはついさっきじゃ。
 さもすればお前が本部に戻っていてもうすぐここへ来ると蒼司から聞いたものでな。
 こうしてこやつと世間話に花なんぞ咲かせていたわけだ」
「総代と老師が世間話に花なんて……言い得て妙ですね」
「ふむ。確かに」
「…師匠」
「はっはっは!」


報告書提出を済ませ次第即出張先へと向かうはずだった。
けれど、そこは臨機応変に予定変更。
それからしばらくは師弟3人水入らずで近況報告やたわいもない昔話をして。
その昔話にも一区切り着くと、ふと思い付いたように老師が口を開いた。


「しかし、お前がJDCに来てもう4年も経つか…早いものじゃな」


「儂も年を取るわけじゃな、はっはっは」などと、
ここは一つしんみりするような場面も豪快に笑ってみせる老師。
本当にこの人は変わらない。
総代と共に初めて会ったあの日から、その優しさも厳しさも何一つ変わらない。

変わらないということ。
それはとても温かった。


「あんな無愛想で可愛げの無かった子供がいまやこれだ」
「…悪かったですね」
「可愛げは今少しのようだな」
「放っておいて下さい」


しかしそう零すその表情は孫の成長を心から喜ぶ祖父の表情で。
自分の態度だって、きっと他人に見せるそれよりもずっと人間味のあるもので。


「しかし、よくまぁ4年も保ったもんだ」
「その台詞、私よりもずっと相応しい人間がいると思うのですが…?」
「はは、今ごろ何処かでくしゃみでもしてるんじゃないか、アイツ」
「あやつもしぶとく残っておるようだな」
「…容赦ありませんね、老師」
「ふふ。だが本当に心からそう思うぞ?よくお前が探偵を辞めなかったものだと」
「まぁ、辞めても良かったんですが…」
「───おいおい、ちょっと待ってくれ」


はっきり言って探偵という職業に愛着なんて微塵も無い。
凶悪事件だろうが新犯罪だろうが、人類がどうなろうとも知ったことじゃない。
それでも自分が探偵で在り続けるのは、推理し続けるのは、
総代の選んだ険しい道に、抱える問題に対し探偵という役割が最も適応力が高いというだけ。


あの人の負担を少しでも減らし、あの人の痛みを少しでも抱き寄せることができる。





最もあの人のために生きることができる。
ただそれだけ。





「総代がここにいらっしゃいますから」


陰影以外に色の無かった世界に。
手を差し伸べてくれた貴方は鮮やかだった。


「ならば私のいるべき場所はやはり此処です」


だから決めた。
重過ぎる鎧を纏っても倒れることなく、
尚も立って前へと進み続けるこの人のために。

私が。
剣となろうと。
盾となろうと。


「その場所が偶々JDCであったり」


あの人が歩むその道程において障害となるものならば、全てを薙ぎ払う剣となり、
あの人が歩むその道程において危害となるものならば、全てを防ぎ弾く盾となる。


「その立場が必然的に探偵であったりしただけ」


けれどあの人の周りには既に多くの剣が集まりつつあった。

だから私は盾となろうと思った。
そのためならば何を犠牲にしても。
貴方が望まずとも、自らすらも道具としてみせようと。


「だから私は、総代が総代でおられる限り探偵として存り続ける…」


貴方がその鎧を脱ぎ捨てる時がやって来るまで。


「私がこうして探偵である理由も、私という存在価値もそんなものなんですよ」





誰よりも何よりも近くで、貴方の為だけの盾となろうと。










「熱烈じゃな」
「………」
「くくっ」


が出て行った扉を見つめ、そう言葉を落とし、喉で笑う。


「お前のそんな顔を見るのは久しいを通り越して、既に無形文化財の領域か」
「───師匠」


葉巻きを持つのとは逆の、空いてる方の手に顔を埋める蒼司。
その表情は戸惑い半分、それ以外の曖昧な感情半分といったもので。


「4年、か…」


最初に驚いたのは、その漆黒の瞳。
光一筋混じらない澄んだ闇。
感情の気配すら見せなかったあの頃。


「…長かったのか短かったのか」


差し伸べた蒼司の手を掴んだその瞬間から、瞳に灯った柔らかい光。


「儂も年をとる訳だ」


その光は時間を掛けゆっくりと満ちて。


「それが今や、あんな鮮やかな表情ができるんじゃからな」


周囲にその光を零すまでになった。





「果報者めが。ちゃんと判っとるのか?」
「───判って、いますよ」







「判っているからこそ、こんなにも揺れるているんでしょう」



JDC強化週間第6段、総代SS。
読んでくれる人……いるんスかね(汗)

image music:【This armor】_ 鬼束ちひろ.