One needed is you.


『もしもし』


耳にあてがった冷たく無機質な手触りから聞こえてくるのは涼やかな声。


「───か。お前今何処だよ」


そして今日は2月29日。
俺の誕生日だ。


『賑やかね…、そっちは第一班室?』
「ああ」


の言通り、自分がいるのは第一班室。
自分がこの世に生まれ落ちた日を祝って、同僚と先輩達が集まってくれた。
主催者は龍さんと音夢あたりだろう。
目の前には穏やかな笑い声に、温かい雰囲気。

けれど、どことなく否めない欠落感。


『待ってて』
「は?」
『日付けが変わるまででいいからそこで待ってて』
「あ、ああ」
『それじゃ』


そうしてふつりと、用件を告げると一方的にきられた電波。
普段なら、「何なんだよ」なり「何様だよ」なり何なり一言文句も零している所だが、
先程から聞こえていた機械越しの声は、
どうしてか相手らしからぬ、どこか切実ささえ漂わせるような代物だったから。

身体の中心に灯る淡い期待。
まさかあいつがな、と打ち消している自分がいる。
よもやあいつがな、とくすぐったい気持ちの自分がいる。


「あと2時間ちょっとか…」





ある程度の時間になると、名残惜しくはあるがささやかな催しはお開きになり、
先程のからの電話の事情を伝えると、
無駄に気を使ってくれたのだろう同僚達は皆静かに引き上げていった。

静まり返った第一班室に一人。


「……あと18分」


部屋の壁に掛かっている、洒落たアナログの時計ではなく、
敢えて自分の手首辺りにあるデジタルな腕時計に視線を落とす。
電波時計のそれは、冷酷なくらい正確に一秒、また一秒と時を刻んで。
着々と減っていく、今日という時間。


「あと12分」


誰もいない部屋で、口に出しては数分毎にカウントしている自分に、
我が事ながらいささか呆れてしまう。
徐々に明日に近付く度に、確実に心中で小さく溜め息を吐く自分がいるのだ。

と、扉越しにカツンカツンという廊下を反響する高い音が耳に入ってきた。
目紛しくそれでいて無駄の無い、
几帳面なほどに規則正しいリズムを刻むそれは明らかに人が走っている気配。
"誰か"が次第にその音量を強めて、要するにどんどんこの部屋へと近付いてくる。
思わず、視線は扉へと釘付けになっていた。

程なくして開かれた扉。
その向こうから現れたのは。


「───…」


いつ何時も、冷静沈着、泰然自若、安心立命の何事にも動じないの、
無造作に白いコートと荷物を抱え、薄く汗をかき息を切らした姿だった。


「お前…どうしたんだよ」


その普段からは考えられないような相手の乱れた様子に思わずそんな言葉が口をついて出た。
自分でも判るくらい不粋な事この上ない台詞。
けれどは自分のそんな態度にも特に気を留めた様子もなく。


「───何とか…何とか間に合ったみたいね」


と、ただ明らさまに安堵したように目を伏せ、大きく息を吐き出した。


「どれぐらい待たせた?」
「1時間半ちょい、だな」


ああ、気の利いた台詞の一つも言えない自分の性格が憎い。


「お前さっきの電話の時一体 どこから…」


一旦自分のデスクに荷物を置こうともせず、
そのままつかつかと自分が座る備え付けのソファへと歩み寄る
そんな相手らしからぬ、というよりもむしろ予測し得ない行動の連続に、
無意識にそこから腰を浮かし立ち上がった。
すると、自分の質問に答えることもなく。
極自然に、酷くゆるやかに。


「何とかなるものね…」


そして、ふわりと。


「おい?」


倒れ込むように自分の肩口に顎の辺りを寄せてきたは、
必然的に凭れ掛かる形となって。
そのいつもよりも熱を持っているらしい柔らかい身体に、必然的と銘打って腕を回す。

近くなって実際に判るはやはり、
しっとりと薄く汗ばみ、軽く胸を上下していた。


「大丈夫、か?」
「平気」


短く、初めて自分の問いに答えたは、
しばらくの間はそうして身を預けたままだったが、
自分の肩越しに壁の時計が目に入ったらしく、「あと6分…」と零して、
ゆったりと僅かに身を起こした。

そしてその足で自分の重心をしっかりと支えると、
今度は、瞳ごと捕えるかのように自分と視線を合わせて。





「───待っててくれてありがとう」





微動だにすることもなく、揺らぐこともなく。





「誕生日おめでとう、蒼也」





僅かに口元を緩め、けれどその僅かな動作以上の効果をもって。
酷く鮮やかに微笑った。










言い終えると言い終えたで、今度は文字通りぐったりと倒れ込んできた


「お、おい」
「…疲れてるの」
「お前、この4日どこに出張してたんだ?」


そんな無防備な身体をできるだけやんわりと、
それでいてしっかりと抱きとめ、抱き寄せ、抱きしめた。
自分の腕の中で未だに軽く上下する胸は。


「ロンドンとアムステルダムと…あとついさっきまでは東京」


なんて、とんでもない事をあっさりと言い捨てた。


「───は?」
「だからイギリスとオランダと日本」
「………。」


けれどそう、こいつはこういう奴なんだ。


「…馬鹿野郎。そんなたった一言…言うだけならさっきの電話でも良かったろ」
「馬鹿で悪かったわね。私は直に言いたかったのよ」


そしてそう、俺はどうしたってこんなだから。


「とりあえず、何とか今日中に」


もはやそう、俺はこんなにも満たされてるから。





「───"蒼也の所"に戻って来れて…良かった」





だからそう、こいつがこんなにも大切なんだ。



JDC強化月間が終わっても、やはり更新されてしまうJDC。(笑)
若誕生日SS。ま、間に合った…(汗)
2月28日にupするか、3月1日にupするか迷ってたのですが、結局は後者に。
何はともあれ誕生日おめでとう、若!