愛しい君のためならば。
仕掛けてみせよう、いくらでも。
Sweet trap.
「………」
彼女は常に淡々として無駄がない。
見ようによっては冷たいと感じるそれも、自分的見解を述べさせて貰えば、
要するに彼女は、一つ一つの動きに必ず付随する僅かな"隙"を"詰めて"いるんだけなんだと。
そういった結論に帰着するし、それがあながち的外れなものでもないことが判る。
「…───」
ああ、こちらに気付いたようだ。
そんなに強い熱視線を送ってたのだろうか?
「龍宮さん、何か御用ですか」
やはり淡々と近付いて来る彼女。
手には紙の束。
腕には真っ白なコート。
「何、ちょっと嬢の観察をね」
「………は?」
これから出張先へと向かうところだったのだろう。
薄く笑みを浮かべて答える自分に、彼女は不可解だとでも言うように眉間に皺を寄せた。
まぁ、間違いなく実際にそう思ってることだろうが。
「気分を害したのなら謝るよ」
「別に謝る必要はありませんけど…ただ、また不毛な事をしてるなとは思いましたけど」
「不毛なんかじゃないさ」
「なら、一体何処にどんな得るものがあるって言うんです?」
不毛か。
常に現実直視思考の彼女らしい。
嬢なら絶対にそう言うと思ってたよ。
だからきっちりと返答だって用意してある。
「ここだよ」
そう言って、自分の胸を軽く指先で叩いてみせる。
左胸の、心臓の上辺りを。
今の自分の顔は、してやったりと言わんばかりに誇らし気なことだろう。
我ながらその幼い単純さに苦笑を禁じ得ない。
そんな余韻に軽く酔いつつ視線を捕らえてしまえば、彼女は。
「───それならやはり不毛ですよ」
と、一つ。
両瞼を伏せ、やれやれと溜め息なんてものを吐いてみせた。
でもね、嬢。
この展開だって予想通りなんだよ。
「そうかな? 片想いというのもなかなか得るものがあるんだが。
それとも、龍宮のこの想いの未来こそが不毛だということかな?」
そんな告白めいた、その実ちゃっかり告白だったりする自分の台詞にも、
ゆったりと瞼を上げて深い黒の双瞳を覗かせると、彼女は何も言わず、
ただじっと静かな視線を寄越すばかり。
「───…」
結んだ唇はひとたびほどけど、音は零れず。
すっと飲み下されたらしい言葉は彼女の胸の中に。
ほら、"無駄"が生じた。
「…自分が何を言ってるか判って喋っています?」
勿論、だってこれは龍宮が仕掛けた"罠"だからね。
「さぁ、どうだろう?」
「確信犯ですか」
けれどその余裕が災いしたのか、
次の瞬間にはまた淡々として無駄のない彼女へと立ち戻って。
過度に冷静で大抵の事には動じない、不揺不惑の彼女へと居直ってしまって。
こうなれば、自分が次に取るべき方策はこれ。
「出張はいつ頃まで?」
そんな相手の変化に気付かぬ素振りで話を進めること。
「今日中には帰ってくるつもりですよ」
そして、その相手だって自分の思惑に気付かぬ素振りで会話を続けている。
これが駆け引きかと言えば正しくもあり、正しくもない。
なぜなら、今の自分達は明らかに楽しんでいて。
互いに相手の"隙"を誘って、相手の"隙"を探って。
そう、結局どちらも確信犯なのだ。
「そうか、なら夕食でも一緒にどうかな?」
「夕食、ですか…?」
事件の書類とコート片手に、思案の色を浮かべて軽く視線を落とす彼女。
きっと涼やかな表情の下では数限りない思考が渦巻いていて。
仕事については勿論のこと、けれどその大半を占めるのはきっと自分。
自分の仕掛けた言葉の"罠"について。
"甘い罠"への警戒。
「そう。嬢が『今日中には帰って来る』という事は、報告書作成の時間も考慮して、
だいたい8時頃にはここへ戻って来るということだろう?違うかな?」
「でも、8時に夕食じゃ遅いでしょう」
「何、麗しの嬢と御一緒できるんだ。それくらいは喜んで待たせて貰うよ」
「………言ってて恥ずかしくありません?」
「いや? 全然」
「───そうですね。そういう人でしたね、龍宮さんは」
むむ、そこは素で脱力するところじゃないだろう嬢。
「全て天然か、はたまた計算づくかのどちらか一方という極端な人でしたね」
「…それは褒め言葉と受けとってもいいのかな?」
褒めてるのか貶してるのか判断のつきかねる言葉に一瞬逡巡してそう問えば、
「さぁ?」なんて肩を竦められた愛想の無い返事が返ってくる。
そういうえば似たような展開をこの間鴉代氏から受けた覚えがあるなぁ。
その前は霧華嬢と九十九嬢からも…むむ?
「まぁ、いいさ」
そう、今はそんな事に気を取られてる場合じゃない。
JDC一の策士である彼女と罠の仕掛け合いをしてるのだから。
「それに、どうせならじっくりと"観察"したいからね」
さぁ、次の"罠"は仕掛けた。
「観察対象ですか」
「いいや」
さぁ、どうでる嬢?
「恋愛対象だよ」
受身の体勢すら取る間も与えられていなかった状態では、
さすがの彼女も上手く反応できなかったらしい。
「───…」
自然というには間のあり過ぎる沈黙。
不自然に噤んだままの唇。
彼女を基準にして分類するのならやはりこれは"無駄"という部類のもので。
またもや、仕掛けた"罠"は目論み通りの成功を納めたようだ。
「…参りました」
溜め息混じりにそう吐き出すと彼女は、後はゆるやかに口元を緩めて。
「なるべく早く戻って来れるよう努力します」
微笑った。
時折、こうしてひっそりと落とすように微笑う彼女が。
何よりも自分の感情を揺さぶって仕方ないものなのだと再認識する。
「言ったからには…"仕掛けた"からにはちゃんと待っていて下さいよ」
「負けを認めたからには…"掛かってくれた"からにはちゃんと、
"龍宮の所"へ帰って来てくれよ」
そう、その笑顔が欲しいがために自分は罠を。
「勿論───とっておきの"罠"を用意して戻って来ますよ」
うわー、また人世の駄目な癖が出ましたね…文章が無駄に長い。
どうにかしたいんですが本当。
というか、ホワイトデーネタのはずだったのに、
どうしてかトラップマスターな龍宮さんに。
でも、蒼也じゃこんな駆け引きなんてできないだろうしな…(笑)