Rain or shine,
love you with all my heart.


「お、降ってきやがったな」


今朝は普段より一段と湿った空気、圧迫感さえある息苦しい曇天だった。
それが、今やこれだ。
ガラス越しとはいえ、濃灰色の街並は落ちて来る大量の水滴に完全に滲んでしまっている。
天気予報なんていう統計推理の典型例をテレビで見て来たとはいえ、
降り出して数分も経たない内にこの在り様。
雨足はその筋をはっきりと見せ、地面を突き刺すような激しい夕立ち。
バケツをひっくり返したよう、という表現も案外しっくりくるものだなと一人感心する。


「本当、凄いわね」
「幽弥の期待を裏切らない降りっぷりだな」
「確かに」


微かに口元を緩ませるのは隣の
昨日、現場から帰ってきた俺達は偶然にも、
ちょうど逆にこれから現場に向かう幽弥と、第二班室前の廊下ですれ違う形で顔を合わせた。
急を要する仕事だったのか挨拶も早々に背を向けた幽弥は、
それでも何かを思い出したように、細やかに運ぶその足をひたりと止め振り返りざまに、
「明日は86.7%の確率で、つまりは確実に相当な雨が降るよ」と。
親切にも数字付きの忠告、というよりはむしろ宣告と言えるそんな台詞を残していった。
そんな幽弥のあまりのらしさに、今と同じように顔を見合わせ笑ったのだった。


「まさに大泣きね」
「は?」
「空。壮絶な泣きっぷりよね」
「えらく文学的な表現だな」


小説家にでも転向する気か?推理小説家なら幽弥が飛び付きそうだな、と茶化せば、
それもいいかもね、なんて冗談にしては少しばかり落ち着き過ぎた声色で返されて焦る。


「どうしたんだよ、急に」
「蒼也はそうは思わない?」
「あのな…」


は時々、酷く遠くを見ているような、
それでいて実のところ何も見ていないような目をする。
その度に襲われる曖昧な喪失感。
確かに此処にいるのに、まるで何処にもいないかのような感覚。


「これだけ大泣きすれば、さぞやすっきりするでしょうね」


羨ましい限りね。
呟いて夕立で滲み溶けきってしまったガラス越しの街並を映すの瞳。
移り込む灰色の、黒を上から下へと押し流すようなその映像は。
それはまるで瞳の奥で泣いてるようで。


「今度は空があたしの代わりに泣いてくれてる、とか言うんじゃないだろうな?」


酷く不安になる。


「まさか。あたしが泣きたいときだって空は快晴よ」


不安になって、らしくもなく切なくなった。


「……地雷踏んだか、俺?」
「微妙に」


歪んだ灰色の街並を溶け込ませたような窓ガラスにはそっと手を添える。
その周辺だけが淡く白く、曇った。


「あたしは泣けない。上手く泣くことができない。
 だからといって代わりに泣いてくれる人間もいない…、だから泣かない」


白く曇って、すぐに消えた。


「だったら…」
「?」
「俺が泣いてやるよ」


自分達以外に誰もいない、第二班室は当たり前だが静まり返って。
ザーッという雨音と自分達の声だけが部屋中に響き渡る。
視界として広がるのは滲んだ仄暗い世界。
そんな雲が、雨が、空気が。
まるで世界にたった2人だけのような錯覚に陥らせる。


「お前の代わりに俺が泣く」
「…別に慰めて欲しい訳じゃない」
「慰める気なんかねえよ。
 とにかく、泣きたいときには俺のトコ来いよ。
 それで、ちゃんと俺に言えよ。そしたらいくらでも泣いてやるし…」


何言ってるのよ、と。
思いっきりそう語る表情を向けてくる
けれどそれは不快というよりは不可解といった類いのもので。
だからそんなに一つ、してやったりと笑ってみせて。


「───むしろ、身体使っていくらでも泣かしてやるしな」


滅多に見れない、というか決して見せない、
の素で『きょとんとした』表情を拝んでやった。





「………泣かせるどうこうはともかく。
 他人のために泣くなんて一文の得にもならないじゃない」
「確かにな。でもな、別に見返り要求してるわけじゃねえし」


そう、それはただとても単純なこと。


「それにお前は他人じゃないしな」


お前が俺にとって一番大切な女だってこと。





「蒼也なんて晴れた空みたいな名前のくせに、雨が降ってても同じような事言うのね」



最後の台詞は何が言いたいのかと言うと、まぁ題名の通りなんですが。
蒼也って、『蒼(アオ)也(ナリ)』とも読めますよね。
晴れた空って意味にも取れるんだなぁ、蒼也の名前って、と。
「晴れてても雨が降ってても、いつもどんな時も変わらぬ想いを持ってくれてる」。
つまりはそういうことで。
いつもしてやられてばかりの蒼也。今回は頑張ってもらいました。(笑)