Let's feel
the warmth of lips together.


自動ドアの向こうからやって来るのは見知った二人だった。


「おや、天城氏に嬢!」
「おう、城ちゃんに蒼也じゃねーか」


一人は先輩探偵で、父親が多大な信頼を寄せる天城漂馬。
そしてその横に立っているのは第一班並の実力を有する、
特別契約班所属の探偵にして自分の彼女であるだ。


「今回は天城氏と一緒だったんだな」
「ええ。…まぁ今回は天城さんがちゃんと仕事に『行くか』を見張るお目付役でしたが」
「さりげなく、つーかかなり失礼だな、嬢ちゃん」
「事実、目の前で総代から『天城の目付け役を頼む』と言われていたでしょう、私?」


どういう経緯でそうなったかは知らないが、この二人は妙に仲が良い。
年齢も生き方もまったく違う、共通点いえばJDCの探偵といったくらいの二人が、だ。
時折自分と同じ第二班探偵である氷姫宮幽弥が加わっていることもあるが、
それは、時間があれば度々食事や飲みに行くといった程に打ち解けていた。
別にそれに嫉妬するほどガキじゃない。
しかしやはり不思議なものは不思議なのだ。
ぼんやりとそんな事をつらつらと考えながら新しい煙草に火を付けていれば。


「………。」
「…龍さん?」


自分のバディである黒衣の探偵がの眼前へと顔を近付け、
何やら神妙な顔つきでくんくんと匂いを嗅いでいた。


「何してんだよ、龍さん…」


その推理方法と同じぐらい突拍子もないことをし始める黒衣の先輩探偵にも、
嘆くべきか否か、今や完全に慣れの領域に至ってしまっている。
お約束通り、力こそ無くも何てことはなくツッコミを入れてやった。
パートナーを組んでもう大分経つが、こうした一連の行動や推理に慣れはするものの、
当然といえば当然だがやはり思考が追い付くようになることはない。
そんな助手の心境を知ってか知らずか、
黒衣の探偵は引き続き期待を裏切らず拍子の飛んだ、
否、少なくとも自分にとっては突拍子の無いことを言い放った。


嬢は煙草を吸うのか?」
「はあ?」


その問いに答えたのは、問われた当人ではなく自分。 思わず眉をしかめる。
急に何を言い出すのか。
本当に突拍子の無い。
むしろそれ以前には煙草を吸わな…


「…(そんな手法で)よく判りましたね」
「(そんなんで判んのかよ…)何だ、城ちゃん知らなかったのか」


予想の外も場外、当の本人からの肯定に思考が停止する。
なぜなら短いとは言えない長さと、浅いとはいえない付き合いの中で、
が煙草を吸っている場面など、
今の今まで一度も出会したことがなかったからだ。
しかも漂馬の反応ぶりからも推し量れるように、
どうやら最近吸い始めたというものでもらしいないことが窺える。


「お前、吸うのかよ、煙草…」


自然と口をついて出た言葉は拙い疑問系で。
その音は自分でも判るくらいに擦れた代物で。
そんな自分の様子に、少し驚いた様な面持ちで漂馬が言った一言は正直、効いた。


「何だ、蒼也。
 お前も知らなかったのか?」


単なるひがみからか、それとも独占欲か何かからか。
それは言外に『彼氏のくせにか?』とのニュアンスが含まれているかのように、
この鼓膜へとさっくりと突き刺さる。
答えに窮してへと視線を巡らせる。
ともすれば「しょうがないわね」とでもいった風に、小さな溜め息を返された。


「まあ、滅多に吸ったりしませんが」
「そうなのか?」
「そういや、そうだな」


偉そうな事を言ったって、俺も1、2回程度しか見た事ねえしな、と呟く漂馬。
フォロー、なのだろう。
対して黒衣の探偵は、黙りこくった自分を余所に相変わらず神妙な顔つきを保っていた。


「それに、私が煙草吸うのを知っているのは極一部ですし」
「極一部というと?」
「そうですね…総代とやジンさんに、あとは不知火老師ぐらいですかね」
「ってーと、九十九や舞衣なんかは知らないのか?」
「さあ…、九十九さんは気付いていて言わないだけかもしれませんけど、
 舞衣さんや音夢は…あと氷姫宮さんも知らないと思いますよ」


その後しばらくはささやかな上の空状態のままにも、
様々な人間の名前を取り上げて会話を続ける2人を黙って見守っていた。
が、しかし。
やはりこの意識を引き付けたのは黒衣のそれ。


「龍さん?」


先程とはまた違った真剣な面持ちをこしらえた先輩探偵へとそう声をかける。
すると開いたその口から出たその返答は、またもや自分の思考を振り切った代物で。


「───嬢」


そうそれはもう、妙な凄みの籠った声を伴ったもので。


「…何でしょうか」


そのいつもの黒衣の探偵らしからぬ雰囲気に、
も漂馬も、そして自分もさっと身構える。
しかし身構えたところに出た、次の台詞といえば。


「煙草は身体に悪い」


という、何とも極ありふれた代物だった。


「………はぁ」
「(どうしたんだ、急に?城ちゃんのヤツ…)」
「(さ、さあ…?)」
「煙草は身体に悪い
 故に、当然すぐにでも煙草はやめるべきだよ、嬢。なぜなら…」
「「「………」」」


思いっきり肩透かしを喰らったヘビースモーカー2人とその他1人。
三者三様に不可解だと言わんばかりの表情を黒衣の探偵に向けつつ、
とりもあえず、じっとその台詞の続きを待つ。

しかして満を持して披露されたその台詞の全容。





「いづれは鴉城氏の子供を生む大切な身体だからな。
 生まれてくる子供のためにも、大切にしないといけない」





それは、そんなまるで孫の誕生を心待ちにしている花嫁の父的発言だった。





「………。」
「ッゲホ!! っ…ゴホッ!!」
「…っく、あはははははは!!」
「天城氏? 何がそんなに可笑しいんだ?」


真剣そのものな黒衣の探偵の言葉に、あるものは固まり、あるものは動揺し、
またあるものはここが公共の場であることなどお構いなしに大声を上げて笑い出す。
対して黒衣の探偵は、特に3人目の態度にむぅっと眉根を寄せて幼い作りのその顔を顰めた。


「な、何言い出すんだよ、龍さんッ!?」
「鴉城氏も何をそんなに慌てているんだ?」
「あのなぁ…っ!!」
「そうだ。鴉城氏も、子供が出来たらちゃんと煙草をやめるんだぞ?
 嬢のためにも、生まれてくる子供のためにも」
「いや、それは無理…───って、違うッ!!」
「?? 何が違うんだ?」
「………。」
「ぎゃはははははっ!!」


そんなJDCの名物コンビのやり取りに、
疲れたように黙ってこめかみを押さえる
一方でまさに抱腹絶倒の字の如く、
ひーひーと腹を抱えて息絶えて倒れんばかりに大爆笑する漂馬。
そしておそらく真っ赤になって怒鳴り散らしているのだろう俺。
端から見れば、不可解極まりない状況だろう。


「あぁッ、もう!! だからさぁ…!!」
「というわけだ。嬢も、今からでも煙草はなるたけ控えるように」
「どういうわけだよ!?
 っていうか『も』ってなんだよ、『も』って!!」


そうして助手の大声なんて何処吹く風とばかりににこやかに微笑む黒衣の探偵に。


「………とりあえずは善処します」


告げて、とにもかくにもこの場の刺さるような視線から離れるべく、
第一班室へ戻るように促すだった。











そうこうして第一班室に戻れば、
いつも通りにこやかな龍さんに見て取れるほどに疲れきっている自分と
加えて目尻に涙を浮かべながら班室の入り口の扉に身を寄せる漂馬を見て、
総代秘書を務める半斗舞夢が実に不思議そうな顔で出迎えてくれた。
彼女は龍さんと、特に漂馬を総代が呼んでいることを告げると、
そのまま二人を伴って総代室へと向かった。


「コーヒー、飲むでしょ?」
「あ、ああ」
「………。」
「………。」


第一班室に二人きり、取り残される。
何となく気まずさを感じ、座ったソファからの方を見遣れば、
向こうは、疲れてこそいるようだが全く気に病んだ素振りはない。
普段と変わらない態度でインスタントのコーヒーを入れている。
何をか勝負したわけでもないというのに、酷く負けたような気分になった。


「はい、コーヒー」
「あ、ああ、サンキュ」
「さっきの事気にしてるの?」
「…そんなこと、ねえよ」
「そう」


そっけないそんな言葉を最後に、各々無言でコーヒーに口をつける。
再度降り掛かってきた沈黙にしばらくは堪えてみせたが、
それ以上は耐えきれなくなり、隣に座る至って自然体なへと顔ごと視線を向ける。
目に入ったのは白い煌めき。
黒いジーンズのポケットから顔を覗かせた、銀のジッポライターだった。


(ジッポ、使ってんのか…)


視線に気付いたのか、は同じくジッポライターの方へと視線を落とした。


「…なあ」
「何?」
「赤ん坊どうこうの話じゃないけどな」


自分の声に、何気なく上げたその顔に。
影を重ね合わせるかの様に近付き、そのままその唇を重ねる。


「ん…」


それと同時に微かに香る、自分のとは違う煙草の味。
銘柄までは忘れたが、以前試しに買ってはみたものの自分の口には合わず、
それ以来買っていないあれだといった具合には判別できた。
こんなキツイの吸ってんのかよ、コイツ。
思って、味わうように更に深くにまで口付ける。


「…ぅ、ん、…蒼也?」
「煙草が身体に悪いのは事実だからな」


自分のそれ以外の煙草の味がするキスなんてこれが初めてであるような気がする。





「───…俺の残り香で我慢しとけよ」





けれどおそらく、これが最初で最後だ。





「…自分はお高い棚の上?」
「まあな。お前じゃ絶対届かないような高い棚の上だな」
「何よそれ」


最近判ってきたコイツの癖。
照れると利き手でこめかみの辺りから髪を掻き上げる癖。

たまにはいいだろ、こういうのも。


「ま、諦めろ」
「…諦めてあげる」





そうして。
「絶煙記念にあげる」、と。
「私にはもう必要なさそうだから」、と。

から、銀製のジッポを受け取った。










余談。


「総代」
「どうした、龍宮。改まって」
「総代からも、御子息と嬢に煙草をやめるよう仰って下さい」
「…何だ、急に?」
「───…っぷ!!」
「天城…?」


そんなこんなで後日。
総代室へと呼ばれ、総代からもろもろの確認を取られる蒼也の姿が。

あったりなかったり。



とりあえず、龍宮さんの言動に笑って頂ければ(えー)
いえ、総代好きなんてすよ。ぶっちゃけ総代を出せただけで本望。