We two are one.


「もう今回の事件はとにかく関係者が多くて、本当に大変だったんだよ」
「それは…ご苦労様です」


 目の前で、ドライバーグローブなんて代物を装った利き手で鬱陶し気にこぼれた前髪を掻き揚げたのはJDC第二班所属探偵の氷姫宮幽弥。


「さすがは探偵神と言うべきか…」


 そしてその口上に上っている人物は、同じくJDC探偵であり第一班所属のA探偵、今回、幽弥が助手として同行した九十九十九その人だった。

 彼に関して描写しようとするとどうにも文学的な表現に陥ってしまうのは致し方無い。
腰まで届く流麗な黒髪、限界まで整った顔に、理想的な体格線。
 澄んだ音色、神秘的な音楽を思わせる美声。
 『傾国の美人』が国の運命をも傾けるのならば、九十九はさしずめ世界そのものを嘘物臭く色付けてしまう、世界そのものを傾けてしまう『傾界の美人』である。総代をしてそう称させる程に虚構的で危うい美貌を持つ彼は『動く芸術』として、すれ違い様にも人を男女問わず片っ端から失神させてしまう。
 付け焼き刃の対策として、警察側からは常にサングラスの着用を義務付けられてはいるのだが、最近ではその穏やかな瞳を隠すはずのサングラスでさえも彼の美貌を引き立てる微妙なアクセントとして、一つのプラス要因になってしまっているのだからがどうしようもない。

 しかも、本人が全くもって自分の容姿に無頓着なのだから更に手に負えないのだった。

 そしてそんな幸運とも不運ともいえる人々の介護は、必然的に彼の助手と名の付く者の辿る運命となる。
 その苦労を身をもって知るは、氷姫宮と同じく僅かに疲れたような色味をその双瞳に浮かべた。


「事情聴取、証言確認する度に僕は倒れた人を運ぶはめになるんだから…」
「…まぁ男性はともかく、女性に関してはある意味役得ですよね」
「───


 氷姫宮さんのことだからそれはきっと颯爽と素敵にプリンセス・ホールドとが茶化せば、幽弥は低く押さえ込んだ声色で恨めし気な視線を遠慮無くぶつけて返した。


「軽い冗談じゃないですか」
「…時と場合を選んでくれよ。
 今の僕に『妬いてるの?お望みなら今この場で颯爽とお姫さま抱っこしてあげるけど?』
 なんて、そんな正面切って冗談を冗談で切り返す余裕あると思うかい?」
「意外とあるじゃないですか、余裕」


 そんなこんなで互いに一味も二味も変わったパートナーを持つ二人は、二人以外に誰もいない事をいいことに、第一班室のソファでその苦労話に枯れた花を咲かせていたのだった。


「これが九十九さんじゃなかったら丁重にお断りしてるね、絶対」
「そうですね。何だかんだ言って"九十九さんだから"こそ、
 苦労が目に見えててもこうして喜んで同行してしまうんですよね」
「僕とじゃ、その心の持ち様は全然違うけどね」
「…動機が不純だとでも?」
「さてね?」


 戯けてみせた幽弥の台詞を一区切りに、二人揃ってインスタントコーヒーに口を付ける。
 思った以上に長い時間苦労話に花を咲かしていたらしく、口に広がる温度は生ぬるいものだった。口に含んだ黒い液体を飲み下す。すると二人はまるでタイミングを計ったかのように揃って深い深い、深呼吸と大差無い盛大な溜め息を吐き出した。


「でも、私の方だって負けず劣らずの肉体労働で…大変なんですから」


そして今度はの愚痴る番であるらしい。


「漂馬も懲りないよなぁ…今回はどの辺りにいたんだい?」
「群馬県仙台市です」
「あれ? 山奥の村落とかそういうのじゃなしに、意外と普通な感じで…」
「閉店後の"お店"で、天城さん曰くの"愛人"さん2人に両脇固められて、
 あられもない姿でぐっすり寝ていらして」
「………。」


 次に愚痴りのお題となったのは、第一班所属探偵の天城漂馬。
 滅多に本部に顔を出さないその出勤態度と独自の推理スタイルから『不良探偵』、『怠慢探偵』との不名誉なレッテルを貼られることの多い彼は、重度の放浪癖の持ち主だ。

そんな住所不定な探偵を、総代からの直々の指示で、世界の全面積の0,3%とはいえおよそ370,000平方mもの面積を持つこの日本列島内から探し当て本部へと連行することが今ではの多彩な職務の一つとなっている。その検挙率の高さは幽弥や他の探偵達も舌を巻くものだった。

 毎度、一体どうやって探し当てているのだろう?
 それは今やJDCの七不思議にも数えらている。


「おかげで貴重な体験ができましたよ。
 何せあの後2人の"愛人"さんに胸倉を掴まれて…」


 などと、昼のメロドラマの如くその後が非常に気になる、続くは修羅場かと思われる局面に今まさに突入せんとしたところで、その涼やかな音声を掻き消すように響いたのは木製の衝撃音。
 空気ごと混ぜっ返さんばかりにバタンッと悲鳴を上げさせられた第一班室の扉。
 遮る物が失くなったそこに現れたのは、見てからに不精そうなバンダナの男と優雅なスーツに身を包んだサングラスの男性だった。


「…ああ、お帰りなさい天城さん。
 公共物破損で訴えますよ?」


 一方は報告兼挨拶に、また一方は呼び出しで、と。
総代室へと向かった理由は各々違うが、揃って第一班室から戻ってきた天城と九十九。

その絵は、はっきり言ってどこまでも違和感を拭えない構図だった。


「九十九さんも、お疲れ様です」
「はい、さんも。
 しばらくぶりでしたが…お変わりないようで安心しました」
「ありがとうございます」
「…漂馬、何どす黒いオーラ出してるんだよ」


 次第に距離が縮まるにつれて判ってきたことだが、どうやらバンダナの男の笑顔は妙にひきつっているらしい。というか既に笑顔かどうかも甚だあやしかった。


「お前らァ…、俺らがいないのをいいことに言いたい放題だったなぁ?」
「「!」」


 漂馬の一歩斜め後ろで足を止めた十九は苦く笑っていた。


「つーか、!お前だ、お前!余計な事喋るんじゃねぇよッ!!」
「別にいいじゃないですか。
 今更ですよ…というか、立ち聞きしてたんですか?」
「『今更ですよ』ってお前な…。
 まぁな、ドアの前で初っから終いまできっちり全部な」
「『初っから』って一体どこから聞いてたんだよ?」
「『もう今回の事件はとにかく関係者が多くて』ぇ〜、辺りからだな」
「そんな気持ちの悪い言い方はしてないよ」


 むっと眉根を寄せて抗議する幽弥を、漂馬はからからと笑ってさらりと流す。気が向けば、どうにも女々しさの似合う男であるとして幽弥を、漂馬はこうして掌の上で転がしからかっては楽しんでいた。幽弥も幽弥で漂馬と軽口を叩き合うのは満更でもないらしく、毎度こうして終始受け身を取ってはさらりと流されてやっているのだった。


「すみませんでした、幽弥さん」
「え?何がですか…って、ああ、さっきのことですね」
「御迷惑をお掛けしてしまったようで…幽弥さんにもさんにも」
「そんな!別に九十九さんが謝ることじゃないですよ!」


 本当にすまなそうに薄く両瞼を伏せる十九に、愚痴っていたことは確かだが、決して十九を責めていた訳ではない幽弥は慌てて激しく両手を振ってみせた。


「そうですよ。それに、天城さんのお守に比べたら、九十九さんの助手なんて、
 天と地、南極探索隊と豪華客船世界一周旅行ぐらいの差がありますから」
「お前な…」


 対しては、幽弥と自分へのフォローに加えて漂馬への毒も忘れず淡々と弁明した。


「ふん。お前の場合は下ごこ…」
「───『愛人さん二人に胸倉を掴まれて』ですね」
「わー!! わーッ!! 俺が悪かった! 俺が悪かったデス!」


 本当に一体何があったのか。
 JDCの七不思議がまた一つ増える日も近い。


「くそ…っ」
「くくっ、まったくには本当適わないよね、漂馬」


 周囲の予想以上に気心の知れた間柄である三人の、龍宮曰くの『兄弟妹』的なやりとりもやはり立ったままでは何だ、と。
 とりあえず漂馬はの、十九は幽弥の隣へと腰を下ろした。

 そしてこの配置が後々、漂馬にとって命取りとなるのだった。










「そういやさっきの話の続きだけどな…」


 腰掛けてからしばらくはお互いの近況報告や最近の起こった凶悪事件の私的見解など、当たり障りの無い話題が和やかに続いた。しかしその和み具合を僅かに翳め取ったのは、漂馬の見せた、いわゆる「意地の悪い事思い付いちゃいました★」もしくは、「復讐するは我に有り」的ないやらしい表情である。


「一つ確信したことがあるんだけどよ」
「………何です?」


 ひたりと訝し気に眉を顰めたに、漂馬はにたりと更に人の悪い笑みを向ける。





「当面、九十九の"嫁さん"候補の一番手は嬢ちゃんだと思ってな」





 そして、『ふふん』と言わんばかりに鼻を鳴らしてそう言い切った。


「……は?」
「だってなぁ、九十九に対して"免疫持ち"の女ってお前くらいだろ?」


 確かに、は一種殺人的とも言える九十九の美貌に免疫・抗体を持つ数少ない人間であり、尚且つ無効化できる唯一の人間ではある。
 けれどそれならば十九の義妹である九十九音夢だって然りだと、そう口を開こうとすれば僅かな間から先読みしたのか漂馬は、ちっちっちっと実に態とらしく人さし指を左右に振ってみせた。


「これも九十九のためだ」


 あまつさえ、何を納得してるのかそのままその手を口元へと添えわざとらしくもうんうんと首を上下してみせる始末である。


「私のため…ですか?」


 一方、名指しで指名された十九本人はその意図が掴めなかったらしく、穏やかに問い返した。


「…どこをどうしたら九十九さんのためになるっていうんです?」


 他方、何となく漂馬の言いたいことが判るらしいは半眼で見据え付ける。


「おお、恐ぇ恐ぇ。
 だってなぁ、夫婦っていったらそりゃ基本は夜だろ?」
「私に同意を求めないで下さい」
「んだよ…なぁ、幽弥?」
「僕にも求めないで欲しいな」


 にぴしゃりとはねのけられ、幽弥にはひらりとかわされ、「んだよ、良い子ぶりやがって」と黒衣の探偵よろしく、けれど当然のように可愛げを伴わない表情でぶすっと口を尖らせる漂馬。


「んじゃぁ、つく…」
「「九十九さんも真面目に答えなくていいですよ」」
「そうですか?」


 その上、見事に一字一句違えずにハモらせる幽弥とにまたしても思惑通りの進行を阻まれた漂馬は更に憮然とした表情を深めた。
 そんな三者三様の様子に、十九は不思議そうにことりと首を掲げるばかり。
 けれども、そこはそれ。
 あくまで意趣返しを身命を懸けてでも成就させたいらしい漂馬は依怙地になって喰らい付く。

 喰らい付いて、そして。


「…っち。まぁ、いいけどよ。考えてもみろよ。
 事の最中に身体でなしに顔でなんて失神されちまったらそれこそ欲求不ま…ぶへッ!!」


───ズパンッ!!


 と。
 爽快な音を立てて漂馬を襲ったのは黒い影。

 そうして得意満面に紡がれていた台詞は、突如衝撃を伴って襲い掛かったそれに眼前を遮られる形で中断させられた。顔面中心にクリーンヒットした平らな物体が徐々に離れていくにつれ、視界が戻ってくる。

 はっきりいって、音を聞いただけでも痛過ぎた。


「──〜〜〜っ!!」


 何だってんだよ!?と、痛みを堪えて非難の視線をぶつけた先には。


「教育的指導と処置です」


 裏手突っ込みよろしく漂馬の顔面を襲った分厚いファイルの表面を軽くはたきながら、当人の人間性から鑑みて、絶対に有り得ないくらいににっこりと、また寒気を感じさせる程爽やかに、曇り一つ無い完璧で壮絶な笑みを貼付けたの顔だった。


「テメェ…この場のどこに年齢制限の必要な人間がいるってんだよ」
「保護対象がこの場にいなくとも、
 明らかに教育的指導の足りてない人間なら真横にいるでしょう?
 ですから、世の青少年の精神衛生上の健全な育成のために、
 僭越ながらこの私が適切かつ相応の処置を取らせて頂いたんですよ」


 漂馬も赤くなった鼻をさすりつつ、涙まじりに応戦する。
 が、そこはやはり
どこまでも素敵な表情から戻って、どこからか黒さを含んだ笑顔で返り討ちにした。

 二人共に、明らかに楽しんでいる。
 幽弥は笑った。


「JDCの極・機密ファイルで顔面真正面から殴るのが『適切かつ相応の処置』かよ」
「あら、"沈められる"のとどっちが良かったですか?」
「……お前がソレ言うと冗談に聞こえねぇからやめろ」


 まぁそれなりに本気ですから、やら。
 なら笑えねぇからやめてくれ、やら。

 ここまで素で冗談口を叩き合う二人を、本当に自然に何の壁も介さずに人と向き合う二人を初めてみた十九は。


「九十九さん?どうかしました?」
「いえ、ただ…」
「『ただ』?」


 ただ黙って、何処か遠くを見つめるような視線を静かに二人に注いでいた。
 そしてその透明な声色に幾分ささやかな気配を乗せて。


「…お二人とも、本当に仲がよろしいんですね」


 穏やかに言の葉を紡いで、儚げに微笑んだ。


「俺と嬢ちゃんの『お二人』が…」
「…『本当に仲がよろしい』、ですか?」
「ええ、とても。……羨ましい、限りです」


 しんみりとそう告げられた二人はといえば。
 呆気にとられて一旦停止し、けれどすぐに、まるで空気が抜けた風船のようにへにゃりと間の抜けた表情と声色でもってゆるやかに溶け出す。その零すような言葉の引用部分がどうにも可笑しくて、幽弥は堪えきれずにぷっと吹き出した。
 そしてその次の瞬間には。


「おまっ、九十九お前最高だわ…ッ!!」


 ぎゃははははー!!っと、今度は破裂した風船のように漂馬が爆笑。
 それはもう、放っておけばこのまま酸欠で死ぬんじゃないかと思われる勢いだった。柔らかなソファの上で弾みながら笑い転げ、ふと反動でずり落ちそうになって慌てて腹を抱えていた片手を背もたれの端へと伸ばしがっちりと掴んで持ち堪える。しかし何とか踏み止まったところで笑いの余韻は長く尾をひいて残っているらしく、そんな端からみれば不可解極まりない体勢のまま肩を上下にひくつかせた。


「やっぱお前のソレは天然だよなぁ!」
「漂馬さん…?
 それに幽弥さんも…、何かおかしな事でも言いましたか?」
「い、いえ。そんな事はなくもないんですけど…くくっ」
「………本気で沈めてやろうかしら」
さん?」


 そんな"兄"達の様子に、一層感情の読み取れない声色でもって物騒なことを呟くは、心配そうに十九に顔を覗き込まれると「ああ、気にしないで下さい」と軽く片手を上げた。
 彼女曰くの『気にしないで』の目的語は一体何なのか。
 漂馬の戯れ言か、漂馬と幽弥の爆笑っぷりのことか。
 はたまた自身の独り言、要するに漂馬の"処理"についてか。
 十九にも判断のつきかねたそれは、文字に偽りなく『神のみぞ知る』というやつである。


「なぁ、嬢ちゃん?
 ここは一つ、九十九のことを思ってだなぁ」


 そしてそんな自らの生命の危機を微塵も察知していないらしい漂馬は、暢気にも涙眼のまま、がっしりと小百合の肩に腕を回す。
 すると、その横にはにっこりと。


「それなりに長い付き合いですからね…太平洋か日本海かぐらいは選ばせて差し上げますよ」


 素敵笑顔、再び。


「いや、その、何だ…」
「…漂馬。その辺りにしておいた方が身のためだよ」


 先程までは神しか知らなかった目的語も判明。
 判明すれば、次いで浮上する現実。

 拙い。
 本気だ、と。

 漸くそう悟った漂馬の背中は、ここだけの話脂汗でびっしりである。


「さぁ、どちらにします?」


 けれど、そんな漂馬を救ったのは。
 ふと無意識のうちに零したのだろう、十九の淡い呟き。





「───私もさんにとっての第一候補だったら嬉しいのですが」





 固まると幽弥を余所に、この日程漂馬は十九の天然っぷりに感謝したことはなかった。



このSSは、遅くなりましたが9000hitsキリ番を御報告して下さった霧咲沙斗瑠様へ。
リク内容が『JDCで相手は九十九さん』かつ『天城さんや氷姫宮さんに遊ばれてる?二人』で、
『ギャグっぽいものを』とのことで……あああ、力及ばずにすみません…!!(汗)
天然の九十九さん書けたことで満足してしまった私はダメですか…?←ダメです。

こんなギャグかどうか甚だ疑問なSSですが、少しでも含み笑って頂ければ幸いです。