Even if it rains.


嬢♪」
「龍宮さん」


軽く片手を挙げ声を掛ければ、相手はにこりともせず律儀にも小さくおじぎを返す。
良く言えば礼儀正しい、悪く言えば愛想の無い、
独特の性質を有す相手はJDC特別契約班所属、

待ち人ならぬ待たせ人だ。


「待たせたかな?」
「いいえ」
「そうか。それは良かった。しかし今日はまた酷い雨だな」


今日は7月7日。
世間一般には七夕と認識される祭日だ。
天帝に許され、牽牛と織女の夫婦が銀河を渡って年に1度の逢瀬を交わすという、
星々の恋物語にちなんだ星祭。

ただし。


「…『洒涙雨』(さいるいう)ですね」
「おや、さすがは嬢。良く知ってるな」


それもこの日、この晩、渡るべき天の川の水嵩が増すことがなければ、の話だ。

雨で川が氾濫すれば、つれない月の舟人は織女を牽牛の元へと渡してはくれない。
そこで彼女が言う『洒涙雨』とは、陰暦の7月7日に降る雨を、
恋人達の逢瀬を阻む雨を恨み人々はこう呼んだのだった。


「どうやら牽牛は、思慕のあまりに牛車の洗浄に力を入れ過ぎたようだな」
「かもしれませんね。それにしても…洒涙雨、
 『洗車雨』(せんしゃう)とは良く言ったものですね」


そして陰暦の7月6日に降る雨は、牽牛が織女と逢うために乗る牛車を洗う水が、
そのまま地上へと降り注ぐことこから『洗車雨』と名付けられた。
要するに洗車雨が洒涙雨となって恋人達の逢瀬を阻み、
且つ現在こうして京都とJDC本部ビルを濡らしているわけだ。


「ああ。やはり古人の感性は賞賛に値すると龍宮は思うよ」
「…まぁ、『"故人"は褒めて2度殺す』のが筋らしいですし」
「こらこら嬢…」


雨の音に支配された世界。
窓ガラスの向こうに滲む灰色の街並を静かにその瞳に映す彼女に見惚れてふと、
気付けば話は何やら随分と風流な方向へと流れていたらしい。


「人事…いや星事かな、この場合は?
 ともあれ気の毒な話だな。
 年に1度今日というたった一晩の再会のために二人は熱心に仕事に励んでいたんだろうに」
「元より1年に1度しか会えなくなったのは織女の落ち度でしょう。
 牽牛との新婚生活にかまけて機織りという天職を放棄したために天帝の怒りをかって…、
 言ってみれば自業自得ですよ」
「うーん、相変わらず手厳しいなぁ嬢は…」


季節柄、雨脚はその筋をくっきりと見せつけるように降る雨を、
未だに視界に収めている彼女。
その腕に抱えられている分厚い紙の束の全ては、今し方片付けてきた事件の報告書ではなく、
これから解決へと導く予定の、『千視万考』により紐解かれる次の事件の資料で。


「でもまぁ、確かに嬢は仕事の一切をきちんと終わらせてここにいるのだからね」


"明日から"の仕事内容で。





「こうして龍宮の誕生日を祝ってくれるために」





今日一日、自分の誕生日という特別な日に。
彼女を独占できるというこの上無い、彼女自身からのプレゼントの副産物で。


「"地上の織女"はかくも計画的で…、
 思慕のあまり"洗車の手間すら惜しむ牽牛"は助かるばかりだよ」
「…確かに龍宮さんの誕生日が年に1度きりなのは否定しませんが。
 総代の許可を得ないと年に1度きりしか会えない、という訳でもないでしょう」
「はは、総代が天帝か。それじゃあさすがの龍宮も逆らえないなぁ」


あながち的外れとは言えない例えに苦笑を交えつつも、
何気無く、出来得る限り極自然に。
資料を抱えるのとは逆の腕の、その先の細い指に触れて。
触れてそのまま口元へと取り上げ、忠誠を誓う騎士気取りにもやんわりと唇を落とす。


「さぁ、それでは参りましょうか、姫?」
「……『姫』は勘弁して下さい」
「おや、残念」


そして。


「───お誕生日おめでとうございます、龍宮さん」
「ありがとう、嬢」





降り注ぐ雨を横目に、微笑ってまた来年の約束を交わした。



龍宮さんお誕生日おめでとうSS。

京極堂にはさすがに勝負どころか相手にもなりませんが一応の民族伝承マニア、
道マニア千鶴子さんに負けず劣らずの雨マニア(微妙)の本領発揮です。
というか『故人は褒めて二度殺すのが筋らしい…』が誰の台詞か判る方はどれくらいいるのか…(笑)