『運命』という言葉は酷く消極的で気に入らないが、
けれど、そういった単語でしか表せない事象が確かにこの世には存在することを、
自分はこの身をもって思い知らされた。

そしてそんな『運命』と『偶然』の境界は一体何処にあるのか、も。


そう、それは…


Fatelism.


嬢、『運命』とは一体どんなものだと思う?」
「…何ですか、急に」


デスクでパソコンに向かい、おそらくは報告書をまとめているのだろう彼女の、
その背中に向かってそんな問いかけじみた方法でもって声を掛ければ。
予想に反して、彼女はモニタから一切の視線を外すこともなく淡々とそう返してきた。

何やら機械に負けてしまったようで、そこはかとなくこの胸を漂う空しさ。


「『運命』とはそのものずばり、何だと思う?」


空いてしまった胸の隙間を埋めるべく、彼女を振り向かすべく、
負けじと問いを重ねてみせる。
が、しかし。


「国木田独歩の第三作品集の題名が『運命』だったと思いますが」


一枚も二枚も上手らしい彼女に、またもやあっさりとかわされた。


「………いや、確かにそうなんだが…」
「でなければ幸田露伴の歴史小説…ああ、
 あとベートーベン作曲の交響詩第五番ハ短調というのもありますね」
嬢〜」
「今、総代に提出する報告書を作成しているんです」


お得意の言葉遊びや謎々なら後にして下さい、と。
取り付く島もなくぴしゃりとはね付けられ、少々凹む。
何に付けても総代が最優先事項である彼女らしいと言えば彼女らしいのだが、
やはりどうしたって拭えないのは、この少々の嫉妬からくる歯痒さの入り交じった感情。
子供じみてるとは意識しつつも、けれどそれならばそんな感情すらも武器としてしまおうと、
一種、ぞんざいに開き直ってさえみせて。


「───嬢」


と、もう一度。
これが駄目なら、との思いを込めてその名を呼べば。


「………何だっていうんですか、本当に」


やはり、いつだってどんな形であってもこの拙い感情の多くを汲み取ってくれる彼女は、
見せつけんばかりに赤ら様な溜め息を一つ。
ついには観念したかのような表情で、キャスター付きの椅子ごと、
くるりとこちらへと向き直ってくれた。


「…何が可笑しいんです?」
「いや、嬢がやっとこっちを向いてくれたと思ってね」


嬉しいからどうしたって頬が緩むんだよ、
とそう告げれば彼女はまた小さく鼻で溜め息を吐いて。
興味がある訳でもなさそうに、
「それで?運命が何だっていうんです?」と静かに話の先を促した。
彼女のことだ、自分が何の意味も無く話し掛けてなどこない、と。
つまりは何か言いたいことがあって話し掛けてきているのだと、そう理解していて。

そしてそれは至って正解であるから。


「『運命論』というのを知っているかい?」


『運命』とは人間の意志を超越した、人に善悪・吉凶などを与える力。
また、そうした超自然的な力・意志により人の上に訪れる巡り合わせ。

そして。


「『運命論』。
 『人の生・この世の全ての事象は超自然的・超人意的な力や意志によって決定され、
 何人たりともその支配から逃れることはできない』が故に、
 『人間の意志や選択は無力である』とする、一種、生きるに関しての消極論ですね」


彼女の述べた通り、『運命論』とはそういうもので。


「そう。龍宮は基本的に『運命』といった類いの言葉が好きじゃないのと同じく、
 この『運命論』というのもあまり好きではなくてね…」


『好きではない』
というのはその言葉の通り、特段の嫌悪を抱いているわけではなく。
けれど好意か嫌悪かと聞かれればそれは、どちらかと言えば嫌悪の範囲に属するもので。
言ってみれば『気に入らない』と、そういった単語が一番しっくりとくるような代物で。


「そうでしょうね」
「はは、嬢にそう言って貰えると嬉しいな。
 龍宮がそんな風に感じていたのは、『運命』というのは…『運命論』というものは、
 人が自分の思う通りに事が運ばなかった時に、
 挫折や後悔の類いから、自らの誇りや自尊心といったものを守るために、
 そのためだけに造り出された"言葉の防壁"に過ぎないと考えていたからなんだ」
「…今は違うんですか?」
「───さすがは嬢。鋭いな。
 今もその考え方自体はそう変わっていないさ。でも…」


確かに『運命』という言葉は酷く消極的で気に入らないが、
けれど、そういった単語でしか表せない事象が確かにこの世には存在することを、
自分はこの身をもって思い知らされた。

そう、それは…





「それでも、これだけ溢れかえらんばかりに存在する人々の中で、
 龍宮がこうして嬢というたった一人の人間に出会えたことが『運命』なのだとしたら…
 ───…それはそれで良いんじゃないかと、今ではそう思えてさえしまうんだよ」





彼女が自分と出会って、自分が彼女と出会った。
ただそれだけの事実。






「……『運命』なんて大袈裟でしょう」


それはもう強烈に、鮮烈に。
それでいて静かに満ち入るように、
自分の内に入り込んできたというたった一人の人間は。


「たかだか私達が出会ったという『偶然』ごときに」
「つまりは、嬢は『運命』と『偶然』は別物と考えているんだな?
 なら『運命』と『偶然』の境界は一体何処にあると思う?」


今やその存在だけで自分の行動や思考のいくらかを支配するまでになって。


「超越的な意志、または支配力が働いていると"思い込むかそうでないか"、かと」
「これはまた嬢らしいな。確かにそうかもしれない。けれど龍宮は思うんだよ。
 『運命』と『偶然』の境界線なんてそんなものはきっと始めから無いんだ。
 あるとしたらそれは、我々に境界が存在するとそう錯覚させてしまうそれは、
 そういった事象を殊更『特別』に感じるが故に、本当に『運命』とすら思えてしまって、
 それ故に『運命』という言葉を実際に口にさせてしまう、
 要は人の心の"積極的な"働きなんだとね」


自惚れても良いのなら、それを許して貰えるのなら。
それはきっと彼女も同じで。


「『運命』についての龍宮さんの解釈は判りました……つまりは何が言いたいんです?」
「なに、『これからもよろしく』と。ただそれだけだよ」
「また素晴らしく遠回りでしたね」
「確かに。…これはここ最近気付いたことなんだが、どうにも龍宮は嬢と一緒ならば、
 それがどんな道程であっても寄り道、遠回りを厭わなくなってしまったらしくてね。
 というよりも、むしろ大歓迎だったりするんだよ」
「…それはどうも」


だから、どうか。





「それでは改めて…これからもよろしく頼むよ、嬢」
「───…こちらこそよろしくお願いします、龍宮さん」



20000hits記念企画に8月一杯公開しあったJDCフリー夢小説、龍宮Ver.です。
いやぁこれを書くに当ったアンケートで、
今更ながらも龍宮さんの人気っぷりを再実感したものです。
これは大切に書いていかなきゃいけないなぁ、と。

尚、このSSは期間限定SSですので、これよりのお持ち帰りは御遠慮下さい。