Aesthetics of a man.


「でさー、刃さんマジ超っ恐いの」
「………」
「あの人笑顔で起こるからタチ悪いんだよなー」


俺は遣氣梨緒、一応JDC第三班所属の探偵。
ただいま第一班室にて特別契約班所属のを口説き中。


「この間もさぁ、ちょっと遅刻しただけなのに…」


けれど天賦の才とも言うべき愛想の無さを誇る相手はといえばパソコンと大の仲良し。
要するに、恐ろしい速さのブラインドタッチで報告書を処理中。
こんなにも健気に話しかけてるというのに、ちらりともこちらを見やしない。


「もう刃さんにっこりで散々。酷くない?」
「自業自得かと」


だからといって完璧に無視されているという訳でもなく。
きっちりと話し掛けていることを主張すれば、相槌を打ってはくれる。

だからこそ、こちらとしては馬鹿みたいに期待とかしたりするんだけど。


「あー、ダルー…そんな仕事ばっかやっててダルくなんない?」
「別に」
「ふうん…じゃあさ、肩凝らない?」
「別に」
「目、疲れない?」
「別に」
「………。」


───これって軽くあしらわれてるってヤツか?


「あのさぁ…俺の話聞いてる?」
「ある程度は」


聞いてますよ、と。
言って彼女は、器用にも片手のみに切り替えてキーボードを叩き続けながらも、
もう一方の手でその横の書類を数枚捲ってまた忙しく両指先を動かし始めた。
まるでピアノでも弾いているかのように滑らかに動くその両手。
カタカタと涼やかな音を立てるプラスチックのキー。
今や聞き慣れた澱み無いそれは、
鼓膜を打つ心地良さから眠気を誘うまでになってしまっていて。
ふわりととろけかかる意識。


「だったらもっとハートの篭った返事が欲しいんだけど」
「期待する相手を間違っていますよ」
「冷たいなー」
「冷たくて結構です」


子守唄が途絶える。
うわ、しかも溜め息まで吐かれた。
ほんのお茶目なジョークじゃんか。


「───遣氣さん」
「はいよ」


っていうか本気で呆れられてるくさいし…。
説教モード突入前の刃さんにも似た雰囲気をまとう彼女は、
デスクの椅子ごとこちらへと向き直る。
俺はへにゃりと片手を上げて返事する。
見事に小言回避、そして2度目の溜め息獲得。

たぶん、俺が誰よりも独占してるだろうその仕草、表情。
そこ感じるところと違うだろとか言われそうだけど、やっぱり否定できない優越感。


「私に"話し掛ける"以外に御用が無いのでしたら第三班室に戻られたらどうです」
「あ、ひっでぇ。それじゃあまるで今まで会話が成立してなかったみたいじゃん」
「…会話の定義を御存じですか?」
「人と人が話すこと、とか?」
「二人または数人が互いに話したり聞いたりして"共通の話を進める"こと、です」
「へぇへぇへぇへぇ、14へぇぐらい?」
「………」


ついにはツッコミさえ途絶えてしまった。
言葉よりも態度で感情を表すことを好む彼女は、物申す代わりに再び書類を捲り始める。
要するに『これ以上はもう付き合ってられない』、と。
つまりはそういうことで。

───ここら辺が潮時か。


「まぁいいや、今日はこの辺で戻るしますか」


男は引き際が肝心。
確か誰かがそんなようなことを言ってたのを思い出した。


「助かります」


男は散り際が肝心。
そんな言葉とセットだった気もするが。


「実はここに来る前、刃さんが探してたって誰かが言ってたりしたような気もするし」
「……本気で刃さんに同情しますね」


そうして彼女は本日3度目にして、本日最大の溜め息で送り出してくれた。


「───ああ、そうそう」


背後で再び紡がれ始めた子守唄。
後ろ髪を引かれるけれど、男は背中で語る。
やはりこれだけは譲れない訳で。


「今度は刃さんからの逃亡兼デートのお誘いを引っさげて登場するからそのつもりで」


この間は単なる散歩だったから次はワンランクアップで手繋いでの散歩だな、なんて。
別に付き合ってるわけでもないのにそんなことを目論みつつ、
第一班室の扉に向かいながら、掌をひらひらと降ってみせる。
ひたりと止まる涼やかな旋律。


「んじゃ、また」


してやったり、かな?





「───どうして私が…心の中で刃さんに謝らなきゃならないのよ…」



タイトルの意味はまんま『男の美学』。
『遣氣梨緒SSとかどうでしょう?』といった内容のお答えを、
以前、御協力頂いたアンケートで書いて下さった方がいらしたのを思い出しまして。
ちょっくら書いてみたのですが…書いてみると思った以上に難しいですね、ダル探偵。
というか初の漫画版JDC夢です。よもや書く日が来るとは思わなんだ…。