Love to be loved.


嬢、少し手を貸してくれないか?」


事の始まりは、穏やかに微笑う黒衣の探偵の何気ない一言。


「私で力になれるのでしたら。今回はどちらへ行かれるんです?」
「ああ、違うんだ。事件でなしに…文字通り手を貸して欲しいんだ」
「『文字通りに手を』、ですか…?」
「そう。どちらでも構わないから、手を出して貰えるかな?」


JDC独特のバディ制で言う"相棒"への誘いかと思ったのだが、そうではないらしい。
相手の言わんとするところは了解したのだが、
いかんせんその意図はやはり未だに不可解らしく、
怪訝そうにその眉根を綺麗に寄せたのは、特別契約班所属の

それでも、判らないままにも。
片手を差し出してみせたのは龍宮城之介という存在故か、
はたまた良い意味でも悪い意味でも、
時に予想を大きく振り切ってみせる相手の思惑への期待か。


「ありがとう」


そんなこんなでその掌の上にちょこんと乗せられたのは、甘い香り漂うお菓子。
カカオ豆を炒って皮を取り除き、
すり潰したものに砂糖、カカオバター、粉乳を加え練って固めたそれ。


「……私がチョコレートを苦手しているのは御存じですよね?」
「ああ、九十九嬢から聞いているよ」
「新手の嫌がらせか何かですか」
「はは、まさか」


掌に乗せられたそれは既に裸だったが、
デスク上に散らばる、既に城之介の胃袋へと収まった物の残骸らしき包み紙を見るところ、
それはいつだったか音夢や舞衣が話していた某有名洋菓子店の看板商品のようだった。
大分値が張る上、日に限定数十個しか製造しないという、
甘党と女性の心を非常にくすぐる一品とのことだったように思う。
二人揃って淡い溜め息を吐いていた光景を思い出し、
も内心違う意味で溜め息を吐いた。


「勿論食べるのは龍宮だよ」
「…それを聞いて安心しました」


言葉では安心したと、そう言っただったがその実質は違った。
それは新たに浮上した疑問ゆえ。
彼が食べるというのに、どうしてわざわざこの掌の上に乗せる必要があるのか。


「『手を貸して』と言っただろう?」


けれどそんな疑問など予想の範疇らしい黒衣の探偵は、
にっこりと歳不相応なあどけない笑顔で微笑って。
チョコレートが乗せられたのとは反対の手を取ると、
彼女が大苦物のそれをその指先で摘まみ上げて欲しいと正面切って宣った。
対してが渋い顔したのは言うまでもない。


「駄目、かな?」
「───判りました」


未だその思惑は不明だが、不明だからこそ更に揺さぶられる好奇心。
決してその困ったような笑顔に折れた訳じゃないと心の何処かに言い聞かせながら、
は小さな一口サイズのそれを親指と人さし指でそっと摘まみ上げた。


「では失礼」
「…?」


すると摘まみ上げた方の手首に、黒い手袋を嵌めた指先が優しく触れる。
触れると黒い手は、まるでワルツを誘う時の紳士のような仕草で、
下から掬い上げる形でもって、手首からその指先を更に持ち上げた。

の首の位置まで高度を上げるチョコレート。


「折角の美味しいチョコレートだからね」


高度を下げる、黒衣の探偵の上目遣いな視線。





「どうせなら嬢も味わえたならと思って、ね?」





ぱくりとその指先ごとチョコレートを口の中へと運んで。

運んでしまえば、仕上げと言わんばかりに残りのそれを。
その親指と人さし指の腹に残る甘さを、ぺろりと舐めとった。





「───…」
「ごちそうさま」


事の始まりは、穏やかに微笑う黒衣の探偵の何気ない一言。
そして事の終いは、しっとりと男の笑みを敷いた黒衣の探偵の確信犯な一言。





「美味しかったよ、嬢」



このSSは35000hitsキリバンを申告して下さった梗雅音絆様からのキリリクSSです。
リクエストは『策士で黒い龍宮さん』だったのですが…いかがなもんでしょう?
黒というか…なんかいやらしいですね、この龍宮さん。(汗)
こんな拙いSSでも、少しでも楽しんで頂けたなら嬉しいです…v

というか、何やらやたらとチョコレートと絡まされますね、ウチの龍宮さん。