Sweet'n sweety honey.


「そうやって…それは、俺を誘ってるのか?」
「そう見えるのは蒼也の虚弱な理性のせいじゃない?」


ここは、JDC第二班所属の探偵である鴉城蒼也その人の部屋。
更に仔細に述べるとすれば、薄暗い寝室のベットの前。
会話をするのはこの部屋の主とその同僚兼彼女である
しかも彼女は白い男物のシャツを一枚羽織っているだけという、
何ともあられもない姿であったりする。

そして、そんな二人が一体どうしてこんな如何わしい会話をしているのかといえば。



事の始まりは携帯への着信。





『もしもし、蒼也?』
「当たり前だろ。俺の他に誰が出るんだよ」
『…日本の総人口の何割が、電話口で開口一番相手の確認をすると思う?』
「そういうのは幽弥の専売特許だろうが」
『別に特許使用料払わなきゃならない訳でもないでしょう』
「そういう問題じゃないだろ」
『ならどういう問題?』
「いちいち噛み付くなよ」
『その言葉、4つ前の蒼也の台詞にそっくりそのまま返すわ』
「………。」


挨拶代わりの軽い皮肉の応酬。
先手必勝である俺と、後手必勝である
今回は一応相手の紙一枚分の後手勝利ということにして、一通りの応酬に幕を引いた。
というか最近連敗中じゃないか、俺?なんて、そこはかとない悔しさを噛み締める。
すると。


『………』


気付くのは、妙に黙りがちなの相手の様子。


「おい?」


沈黙するその声の代わりにスピーカーへと入ってくるのはサーっという涼やかな雑音。
雨音、か?


「何だ、そっち雨降ってんのか?」
『…今までずっと寝てたの?』
「あ? ああ…まあな。ってことは近くにいんのか、お前?」


一見、何の脈絡も無く噛み合っていないような会話ではあるが、
それは探偵という職業上、もっといえば長い付き合いの成せる技とでもいおうか、
無くとも通じる部分を省略して会話しているというだけのことだ。


『…今から、そっち行っても構わない?』
「ああ…別かまわねぇけど」
『そう、じゃあ』


………確かに省略しているだけなのだが。
そう言って、確認を取るだけ取って言葉少なに切られた電波。


「何だってんだ…」





しばらくすると鳴るべくして鳴ったインターホン。

先程の電話では、相手がどこにいるかまでは把握できなかったが、
なんとなく、アイツな気がして。
がそこにいる気がして。
相手を確認することもなく、その金属の扉を開ければ。


「───お前、何やってんだよ」


そこにいたのは確かに予想通りの人間。
普段と変わらない様子の

ただひとつ、ずぶ濡れになっている点を除けばの話だが。


「…タオル貸して貰えると助かるのだけど」
「つーか、むしろそのまま風呂場に行け」


言って扉を閉めれば、狭い玄関では必然的に触れ合う肌。


「………本当何やってたんだよ、お前…」


予想以上に冷えきった身体。
よく見れば、微かに唇も紫がかっている。
どう考えても『ここに来るまでの間に濡れました』程度の状態じゃない。
まるで、何時間も雨の中にいたような───


「………。」


答える気配を見せない
仕方なく詮索は後回しにし、「ちょっと待ってろよ」と一言残し風呂場へと向かう。
そして、風呂の温度を40℃に設定すると、タオルを持って玄関に戻った。


「ほらよ。入ってる間に、湯張ってるだろ」


言ってタオルを投げ渡し、
投げ渡したにもかかわらずわざわざ数歩歩いての元へ寄り、
腕を掴んで有無を言わせず風呂場へと押し込んだ。


「さて、と…」


呟いて寝室のベットに戻る。
そしてアイツが何故あんな状態だったのかを推理してみる。
しかし推理方法も自身の性質もあり、
今与えられているこの環境では思考遊戯も何もあったもんじゃない。
それでもしばらくは『理路乱歩』無しにも悶々と不毛な推理を繰り返したが、
やはり程無くして限界が訪れた。
ベッドに手足を放り出し、大きく溜め込んだ酸素を盛大に吐き出す。
すると。


「蒼也」


風呂上がりのが自分の寝室へとやって来て現在に至る。





「だってしょうがないじゃない。
 男と女じゃ体型全然違うんだから」


言っては、ぶかぶかのシャツの胸元を軽く引き戻す。
風呂上がりで上気した肌は、先程とはまた違った意味で艶かしかった。


「あのなぁ…」


自分がに着替えとして渡したのはシャツとジーパンだったはず。
決して男のロマンだとかそんなものに走ってシャツだけを渡したわけじゃない。


「ジーパンもまた然り。
 ウエスト緩過ぎてはけるわけないでしょ」
「………。」


まあ、相手の言っていることはもっともであり、
考えれてみれば至極当然のことでもある。
しかし。
別段やましいことなど何も無いし、全くの赤の他人という訳でもない。
むしろ今更という感さえある。
だがこれはこれで正直目のやりどころに困るのだ。

大き過ぎる白いシャツの裾は太腿の半分くらいまで隠しているが、
襟の部分は手で押さえないと胸元が見えてしまうし、
袖は余った肩幅分だけ伸びて、その手はすっかり隠れてしまっている。
おまけに風呂上がりで上気した頬に、雫の滴る塗れた黒髪。
そんな姿で、平然と何喰わぬ顔で寝室へと入って来た自分の彼女。

……踏ん張れ、俺。


「いいから早く髪乾かせ」


わざと不機嫌そうに言い捨て、が手に持つ乾いたタオルをひったくる。
それをそのまま濡れたその頭に被せ、両手でがしがしと乱暴にまぜてやった。


「…もっと優しく扱って欲しいのだけど」
「うるせえよ」


不機嫌そうな顔を作ったのはささやかな抵抗。
どうせ罠に嵌るにしてもあっさりと嵌ってやるのは癪だ。
ならばせめて相手の思惑通りに動揺して、赤ら様にグラつくこの内心を見せぬよう。
そしてタオルを被せたのは、
いつだって確実に自分の中にある、相手への赤ら様でけれど切実な欲求に蓋をするため。

何だかんだ言って、コイツの事を大事にしてるのは事実なんだ。


「さて、と…ついでに俺も風呂に入るとするか」


そう言って逃げるが如くにも、被せてやったタオルから両手を離す。
否、離そうとした。
暖かい相手のそれがとどめたのだ。


「何だよ」


しなやかなの指先。
それにやんわりと捉えられたこの両手はされるがままにも耳から頬へ、
頬から首筋へと、顔のラインをなぞらされる。
そうして滑るように引き下ろされ、そっと華奢な肩の上に据えさせられた。

ともすれば。


「まあ、これは誘ってないこともなかったりするんだけど」


目を、剥く。
不覚。
そんな自分の表情を見取っては、
「その顔傑作」と零し、楽しそうにくすくすと笑い出した。


「───堂々と確信犯かよ…っ」


くそ、またかよ。
また連敗記録更新なのかよ、ちくしょう。

脱力しての肩に頭を預けると、伝わってくる微かな振動。
鼓膜を直に振るわす、涼やかな忍び笑い。
遠慮無しか、この野郎。


(…まあ、いいか)


そんな風に考える俺は相当重傷で。
きっと、とうに手遅れなんだろう。


「でも…」
「何だよ」


拗ねた子供のようにぶっきらぼうに答える。
まだ、何か隠し玉でもあるのかよ。
表情で喰って掛かる。

さもすれば。





「本当にしたいときはちゃんとねだってるでしょ?」





───…ちっきしょ。
何なんだよ。
結局、コイツには一生適わないのか、俺。





「お風呂、冷めるわよ?」
「うるせえよ」
「ふふ…っ」


それでも、やはり。
コイツがこんな風に手放しに吹き出したり、微笑ったり、
無条件に感情を露にするのは俺の前だけだったりするから。

余計にタチが悪い。
始末に負えない。





「好きよ、蒼也のそういうところ」





本当にどこまでも、どうしようもなく大切に想えてしまう。










「そういや、雨の中で何時間も何やってたんだ?」
「…どうしてそう思うの?」
「何となく、だな」
「そういうのは音夢の専売特許でしょう」
「特許使用料を払う義務はないんだろ」
「…そういえばそうね」
「いいから、言えよ」


どうせ負けついでだ、と。
一通り事を終えてもいまだ僅かに雫の滴る髪を一房救い上げ口付ける。
そうして半ばヤケぎみに半眼に睨み付けて、先程の推理の解答を強引に要求した。

が淡く、微笑った。


「…別に、もういいの」
「はあ?」
「大した事じゃないってこと」
「何だよ、それ」
「推理してみたら? 探偵でしょう?」





明日、仕事の予定はない。
ならば。
晴れだろうが雨だろうがとことん歩きまくってやる。



蒼也だと年齢相応の夢が書けて楽しいです。
たぶんヒロインが1番自然でいられるんだと思います。