Stochastic process.


「蒼也さん」


出会ってまだ間も無い頃、アイツは自分のことを『蒼也さん』とそう呼んでいた。

大概の面子は皆、 俺のことを『若』と呼ぶ。
それは俺がJDC総代表である鴉城蒼司の息子ということにちなんでだ。
けれど。
『若』と呼ばれるのは、偉大な親父と比較して『バカ』と言われているようで嫌いだった。
時として、苦痛さえ覚えていた。
しかしそれを口に出したことは一度も無い。
大体そんな子供じみた妄想、いい歳して口にできるわけもない。
もしかした龍さんは気付いているのかもしれないが、
それ以外の人間はそのことに気付いていないはずだった。


「蒼也さんへ総代から、次の事件の資料です」
「ん、サンキュ」


それでも、もしかしたらアイツは最初から気付いていたのかもしれない。
初めて総代室で顔を合わせてあの日から。
まぁ、単にアイツの中での『鴉城』は親父一人だけで、
ついでに俺の方が年上だからと気を使って、
名前にさんを付けて呼んだだけなのかもしれないが。

けれど俺は、そう。
嬉しかったんだ。


「なぁ、
「何ですか」
「俺のことは呼び捨てでいいぜ」


『蒼也さん』。
当時は呼び慣れなかったそれに、呼ばれるその都度くすぐったい気分になって、
また呼ばれることが楽しみにさえなっていたものだが。
そうした勝手な親近感は、気付けばいつの間にやら別のモノへと姿を変えて。


「敬語もいらない」
「…急にまたどうして?」
「俺がお前のこと『』って呼びたいから、だな」


そう、確かな想いへと変わっていて。











それは恋愛感情と、胸を張って言い切れるような代物で。





「───俺はお前が好きだ」





それが言葉に変わった時にはもう、確固たる形を得ていたんだ。





「………」
「あー…、返事が欲しいんだけど」


アイツにしても、また俺にしても。
全くの突然の告白に、は控えめにだがしっかりと目を見張って。
返す言葉を模索するように一旦視線を足下へと落とすと、
数秒後、ふわりとその顔を挙げた。


「…物好きですね」
「開口一番がそれか」


そうして"返事"ではなく。
今にして考えてみれば、実にらしい"感想"を寄越したのだった。


「だってそうでしょう。
 私のことを恋愛対象として見るなんて物好きとしか言い様がありませんよ」
「…お前、自分を卑下すんなよ」
「別に卑下してるつもりはありません。
 ただ客観的に見た事実を口にしてるだけです」
「お前な…───って、そういうことじゃなくてだな!」


思わず説教が入りそうになって何とか踏み止まる。
危うく誘導されてなんて、話を逸らされるところだった。
さすがはJDCきっての策士、侮れない。
見遣れば、既に普段の泰然自若ぶりに立ち戻ってるその静かな双瞳に内心舌打ちしつつ、
もうこれ以上は誘導されまいと固く結び、
仕切り直しを宣言するかのように真正面からしっかりと見据えた。


「どうなんだよ」
「どうって…」
「お前は俺のこと、どう思ってるんだ?」


我ながら直球だな、と。
勿論、自覚はあった。
しかし相手が相手なだけに、これぐらいでないと勝負にならないと思ったのだ。


「直球ですね」
「一球入魂、俄然直球勝負だな」


一瞬、ぞんざいな開き直りとも言えるそれ。
けれど。


「───好き、ですよ」


躊躇いがちに開いたその唇。


「それは…どんな意味でだ?」


それが普段のアイツからは程遠い、あまりにも辿々しい代物であったから。





「たぶん『蒼也』が言ったのと同じ意味で、よ───」





そう聞いたとたん。
たまらずアイツを腕の中へと引き寄せていた俺をきっと誰も笑い者になどできないだろう。



イメージ曲は、ショパンの夜想曲第二番ホ長調。
要するにかの有名な『ノクターン』という曲です。
好きなんですよね、この曲。
CDで聞いてても、自分で弾いてても、不思議と気分が落ち着きます。

ってか、JDCもこのSSで30作め…うわー。