「今日は何月何日だ?」
「12月25日ね」
「だな。主の降誕祭、世間一般に言うところのクリスマスだ」


眼下には混濁する人、音、光。
第一班室の窓越しに見下ろす街はいつもと変わりなく喧騒に満ちていた。
しかしそのくせ、色も、質そのものも明らかに普段とそれとは違うのは、
この時期特有の赤と緑のコントラストのせいか、
はたまた道行く人々の浮ついた心持ちのせいか。
どちらでもいい。
どちらかで今の何が変わるわけでもない。


「蒼也」
「何だ?」
「………」


冷えた窓ガラスを背に、この両腕に逃げ道を塞がれたは、
こめかみを指で押さえ控えめながらも赤ら様な溜め息を一つ吐いて寄越した。


「一体何だって言うの…」


クリスマスだからだろ、と。
言ってもおそらく返ってくるのは「だから何」だろう。

クリスマス。
主の降誕祭として神聖で穏やかな印象を与える行事ではあるが、
その起原の出所を辿れば、
太陽神を崇拝する古代ミトラス教がイエス信仰に取って変わられたもの、
要するに太陽神とイエスが挿げ替えられたという布教戦争の産物だ。
クリスマスツリーとて、
今ではモミの木にオーナメントや電飾を飾り付けるのが冬の風物詩となっているが、
実際にはカシの木に神への供物として子羊や子馬の首を吊るしていたのが始まりだ。
無論、そこにサンタクロースなんていう白髭の好々爺が存在してるはずもない。
更にサンタクロースという概念が融合するのはもっと時間を遅れての話なのだ。


「クリスマスだからだろ」
「だから何」


と、つい3日前にクリスマスの起源について淡々と語り聞かせてくれた、
他ならぬ目の前のは、その時と全く同じ口調でそう切り捨てた。


「くくっ、やっぱりな。
 そうくるだろうと思ったぜ」
「………」
「ん? どうした」
「一体何がしたいの?」
「まぁクリスマスだしな」
「それはもう聞いた」


予想通りの問答に気を良くすれば、そっと眉を顰められる。
しかしそれもまた予想通りであるから。
どうしたって緩まざるを得ない口元。
堪え損ねて更に一本、間近にある眉間に綺麗に皺が刻まれた。
けれどそれでも、その涼やかな顔をそうして僅かに顰めこそすれ、
にこの二本の腕の間から逃れようという様子は一切無い。
ああ、そんな些細な事象からすらも、
幸せを見い出している自分は一体どれだけ手遅れなのだろうか。


「愚問だな」
「…何?」
「いいや。
 なぁ、去年の今日は何してた?」
「仕事よ」
「今は?」
「蒼也に迫られてるわね」
「上等」
「何が」


白い頬の真横についた掌。
熱が伝わり白く曇るガラス。
ガラスの一枚向こうで舞い散り急ぐ白い雪の華。





「───これから夜通し迫り倒すつもりだから覚悟しとけよ」





好きな女と過ごす聖夜。
しかもホワイトになんてお膳立てられたクリスマスという免罪符付きの一晩。
いやらしくならない男の方がおかしいんだよ。



千衣さん宅のクリスマス企画に参加させて貰った作品。
色んな方の作品が読めて凄く刺激になりましたー。
遅くなりましたが、千衣さんお疲れ様でした!