It's just an unconscious gut
only to you.


いつも通り、龍さんと仕事を終えて。
パンパンになった両足を引きずりながら、
自分の所属班よりも一つ上の階にある班室へとやって来ると。


「あら、お帰りなさい。龍宮さん、若」
「あ、お帰りなさーい」
「おや、霧華嬢に九十九嬢。ただいま」
「うす」


そこにいたのは、第一班紅一点にして『消去推理の貴婦人』霧華舞衣に、
女の勘を極めた『ファジィ探偵』こと九十九音夢。

そして。


「おやおや、嬢はまた…」
「ん?」


第一班備え付けのソファに横たわり、静かな寝息をたてる、
特別契約班所属のだった。


「こんな所で寝てんのかよ、のヤツ」
「うん。話を聞いたら、ここ最近事件続きでろくに寝てなかったらしくて…」
「私が無理にでも寝なさい、って説教して寝かし付けたのよ」
「ふうん」


そう苦笑を交えて言う舞衣さんに相槌を打ちつつソファへと近寄ると、
やはりというか意外にというか、まるで起きる様子のない
溜まっていたという疲れは相当なものだったらしい。


「本当に…寝てるんだな、コイツ」
「何を言ってるんだ、鴉城氏は。
 人は誰しも睡眠をとるものだろう?」
「───いや、そういう意味じゃなくて」


いつのまにかコーヒーを入れようと準備をしていたらしく、
その格好のままに振り向き呆れた風に自分を見る龍さん。
それに軽く訂正を加えようとして、ふと止まる。
なぜなら、振り返り、ふと視界に入った2人が、
音夢は少し驚いたように目を見張り、
舞衣さんは何か微笑ましいものを見るかのような表情を浮かべたりと、
各々自分に向けていることに気付いたからだ。

何なんだ?


嬢を徒に起こしたりするんじゃないぞ、鴉城氏」
「…んなこた判ってるよ」


何だかの事になると妙に父親的な発言が多くなるんだよなぁ、
なんてそんなことを考えながら視線を戻せば、やはり熟睡し続けている
普段から、『私、睡眠と食への欲求は希薄なの』という本人の言曰く、
熟睡している、しかも自分以外の人前で寝息をたてている姿など見たことがなかった。

意外で、どうしてか不満で。


「何だよ。俺が近くに来ても起きないのかよ」


と、無意識にぽつりと呟いてハッとする。


今のはつまり、自分が傍にいることにも気付かないのか、という。
自分はここにいるのに、という。
実に子供じみた欲求で。


「「「っぷ。」」」


やはりしっかりと自分の独り言が聞こえたらしい3人が同時に吹き出した。


…くそっ、何やってんだ、俺?


「あはは、若さまったら拗ねてるー」
「っな…!」
「鴉代氏も意外と子供だなぁ」
「ッ!! そうやってコーヒーにたんまりとスティックシュガー3本も
 溶かし込んでるような龍さんにだけは言われたくねぇ!」
「ふふ、本当に好きなのねえ、若のこと」
「舞衣さんまで!! ───…って、は?」


自分が予想していたものとは微妙に違うニュアンスに、
言葉を発した当の本人である舞衣さんの方へと顔を向ける。
対して舞衣さんは、訳が判らないといった顔をしているだろう自分にひとつウィンクすると、
マニュキュアの塗られた艶やかな指先でを指差した。


「だってそうじゃない?
 ちゃんがそうやって目を覚まさないのは若だから、でしょう?」
「俺、だから?」
「そう、若だから。若だから許してるのよ」
「許す? 何を?」
「ふふ、決まってるじゃない」


が俺に許すもの。
俺以外には許さず、俺にだけ許すもの。
それは、一体。





「自分の領域に踏み入ることを、
 無防備な自分のテリトリーに踏み込むことを、よ」





『快適空間』。
小さい頃、親父から教えられたそんな単語が脳裏を過った。





「───…」
「その証拠に、若以外の人間が傍に近付くとちゃんと目を覚ますのよ?」


そう言って、おもむろに座っていた椅子から腰を上げて、
自分の方へとやって来て、隣りで立ち止まる舞衣さん。

すると。


「ん…」
「………。」
「ほらね?」


小さく声を漏らしは、ゆっくりとその両瞼を上げた。


「ん…、舞衣さん………に蒼也?」
「おはよう、ちゃん♥」
「………おはよう、ございます」


上半身を起こすと、今度はが眉根を寄せる番だった。

そりゃそうだろう。
目を覚ましたら、突然目の前に楽しそうに微笑う舞衣さんがいて、





───…真っ赤になってる俺が突っ立ってるんだからな。





「何、一体…」
「ちょっと睡眠下における人間の無意識的行動の観察をね♥」
「………は?」
「何、人間は睡眠下という無意識的状態において、
 自分の快適空間内に侵入した相手を判別できるかどうか、ということだよ嬢」
「はぁ…」
「今かなり嬉しいでしょ、若さま?」
「…うるさい」
「あ、。さっきは起こしちゃってごめんね?」
「!! 音夢、だからさっきお前…!」
「? それは別にいいけど…何なの、この状況は」


目を覚ましてそうそう目の前で交わされる、 にしたらほとんど訳の判らない会話。
それについて説明を求めようにも返答など得られないだろうこの雰囲気に。


「何があったのか、誰も説明する気はない訳ね…」


と、髪を掻き上げつつ、小さくため息を吐いてみせると。
頬の火照りがなかなかおさまらない俺は。


「今度は鴉城氏で実験してみようか♪」
「…ですから何を」
「龍さんッ!!」


ここからしばらくは。

二人の親愛なる先輩探偵+同僚に、
思う存分気が済むまで、
じっくりどっぷりからかわれ。


俺ばかり。
無駄に赤くなったり、嫌な汗をかいたり、
そりゃもう生温い地獄をこれでもかという程味わったが。

意外と『俺ばかり』ではなかったらしく。





「………今度から人前で寝る時は蒼也の前だけにする」





なんて、
恋人冥利に尽きる一言を受け取ったりして。





まあ、良しとするか。



若、単純。(笑)
恐ろしいくらい、すっきりするりと出来た作品です。そりゃもうびっくりするくらい安産。
ちなみに私、寝る事は大好きですが、人前で寝る事以上に恐ろしい事はないと思ってます。
自分の寝顔なんて恐くて(というかむしろ不細工すぎて笑えて)晒せませんよ。(笑)
『寝る』ネタは私大好きなんで、またやりたいですvv