Love is blind.
「ああ、居た。龍宮さん」
「嬢…? どうしてここに??」
ここはJDC第一班室。
最初に言葉を発したのは私、。
そして、自分がこうして第一班室に顔を出した事に、
怪訝そうな顔を見せたのは同僚探偵、龍宮城之介。
彼らしからぬその表情の意味する所は、それはつまり私がここにいる理由で。
それを説明すればややありきたりにして、酷く単純で。
私は契約上一応、特別契約班所属となっているが、
しかし、恐れ多くも総代や不知火老師の計らいにより第一班の同様の扱いを受けている。
故に自分のデスクもこの部屋にある以上、ここにいること自体には何ら問題は無い。
ならば、何故黒衣の探偵がそう自分に問うのかと言えば。
「嬢は確か一昨日からドイツに出張したと氷姫宮氏から聞いてたが?」
短期海外出張中のはずの私がどうしてここにいるのか、という意味で。
またその理由といえば。
「ああ…、大した事件じゃなかったもので」
単純明快そういうもので。
予定より大幅に早く帰って来られたのだった。
「今、総代の所へ報告書を提出して来たんですよ。
これ、総代から次の事件の資料だそうです。どうぞ」
「そうか、ありがとう。…しかし残念だな。
てっきり龍宮は、わざわざ会いに来てくれたんだとばかり思っていたのに」
「───生憎、公私混同は趣味じゃないもので」
にっこりと、年齢不相応の笑顔で紙の束を受け取り、
その上しっかりと、抜かり無く口説き文句まで付けてよこす彼。
最近はこれが天然の産物なのかそれとも計算されたものなのか判断がつきかねて困る。
無論、『恋は盲目』なんて言うつもりは毛頭ないが。
「あと、これも」
「ん? これは…」
「チョコレートです。
今回時間が余ったので、ベルギーの方にも出張してきたんですよ」
ドイツの事件がさっさと片付いたため、この地域周辺で他の事件も回して貰えないかと、
その旨を本部に連絡したところ、ならば、とベルギーの事件もと任され、
そしてこちらもまたスピード解決し帰国して今に至る。
けれど実際には、まだ出張期間はだいぶ残っていて、
本当ならもういくらか世の平穏に貢献して日本に戻るつもりだった。
少しでも多く総代の役に立つことが、その負担を減らす事が私のJDCでの存在意義だから。
でも。
「龍宮さん好きでしょう、こういうの」
たまたま通りすがった店先で。
たまたま視界に入ったショウウィンドウに並ぶ、ある種芸術がかった菓子類を見て。
『チョコレートはベルギーのものが1番おいしい』と、
そう零しながら、有名店の生チョコを幸せそうに頬張っていた彼を、
ふと、にでも思い出してしまって。
思い出してしまえば、自然とその足は止まって、そして店内へと方向を変えていた。
「どうぞ」
そんなそこにあった感情など微塵も悟られないようにと、得意の無愛想で。
言葉短に、丁寧に包装された包みを差し出せば。
「何だ、やっぱり龍宮に会いに来たんだじゃないか、嬢」
と、心底嬉しそうに微笑う彼。
───反則だ。
「…嬢?」
伸ばした腕の、その先の黒い手袋が嵌められた指は、あと数センチで届くというところで、
すっと引っ込められた包みを素直に目で追いつつ、無邪気に疑問符とばす彼。
けれどもそのまま視線を私の顔の方へと移すと、今度は穏やかに微笑って。
「おや、照れているのか? 嬢」
───そう、この人はいつだって存分に反則。
「…いいんですよ、別に」
「ん?」
「欲しくなければ欲しくないで構いませんから」
「いや、龍宮は…」
「いらないようでしたら、天城さんにでも」
「わっ、待ってくれ! すまない、龍宮が悪かった!」
かと思えば、次の瞬間には酷く慌て出す彼に、とりあえず笑いを噛み殺して。
その後しばらく「嬢〜」とありがちな表現で恐縮だが、
しょげた子犬の様に情けない声をあげたり、
「というかどうして天城氏なんだ!?」と焦ったように問い正そうとしたりと、
なかなか忙しく表情を変える彼を堪能し、
嫌味にも、結局最後はまた「どうぞ」と実にあっさり包みを手渡した。
「ふぅ。まったく、嬢も人が悪い…」
「そんなの今更でしょう」
声に出さないまでも、いまだに口元だけで薄く笑っている私に、
彼は軽く一つ溜め息を吐いてから柔らかく言葉を落とす。
「そうだなぁ。まぁ、確かに龍宮は嬢のそんなところも気に入っているんだが」
「………」
けれど、やはりこれは『彼のペース』で。
「だがね、嬢」
「…何ですか」
きっと『彼のペース』で。
「龍宮に会いに来るのにいちいち理由を作る必要なんて無いんだぞ?」
ああ、やはり『彼のペース』。
「…大した自信ですね」
『恋は盲目』なんて言うつもりは毛頭無い。
「そんなことはないさ。龍宮はいつだって不安だよ。
原因は周りに好敵手が多いのもあるが…。
しかしまぁ栖涼嬢自自身が最大の難関、難攻不落らしいからな」
私の目は見えなくなってなどいないし、この先見えなくなる予定も無い。
「好敵手…そんな物好き、天然記念物に、いえ、世界遺産に指定されるべきですね」
「はは、天然記念物に世界遺産か」
けれど、この人に関しては。
「酷い善いわれ様だなぁ、龍宮達は」
実は見えてるものなど最初から、何一つ無かったのかもしれない。
何か、最初予定していた結末と全然違ったり…あ、あれ?
というか龍宮さんとチョコレートは切り離せないです。