白い夫人と
優しい微睡み


「───ぅ…」
「あら」


最初、覚束無い視界に入ったのは見慣れない鼠色の天井。
次いで見知らぬ和装の女性。
色白で西洋風の美人。
誰だろうとか、綺麗な人だなぁとか、
ぼうっと見つめていればぱっちりとした大きな目が柔らかく細められた。
この人絶対優しい人だと、そう思った。


「良かった。目が覚めたようね」


その人は、言ってふわりと微笑った。


「でも、もう少し横になっていた方が良さそうね」


額に何かを乗せられる。
冷たい。
気持ちいい。
耳元でぴちゃりと水音がした。
視界の端に水の張った桶が見える。
どうやら、水で濡らした手拭いらしい。
古風だなぁ。
ひやりとした感触と水音に、幾分クリアな思考が戻ってきた。


「あの」
「何かしら?」
「ありがとう、ございます…」


本来ならば、まずは此処が何処であるかを尋ねるべきなのだろう。
『べき』というかそれが自然だ。
そしてその後こちらから身分を明かすなり何なりして、
相手の名を聞くのがおそらくベストであるはず。
だというのに、気付けば開口一番お礼など述べているこの口。
何て不用心な。
無防備な。
危機感が足りてない。
感謝を述べること自体は間違ったことではないけれど、順序が良くないだろう。
未だどこかぼんやりとした頭でとりとめもなくそんなことを思った。


「いいえ、どういたしまして」


ああ、しまったな。
そっと頬を撫でてくれたそのたおやかな笑顔に。
結局、此処が何処であるのかを尋ねる機会を失ってしまった。


「とりあえず今はゆっくりと休んでね」
「え、でも…」
「大丈夫。貴女が気が付いたことはきちんと夫に伝えておきますから」
「夫…?」
「ええ。貴女を此処まで担いで運んだのは夫なのよ」


私を担いで。
細君であるらしい女性の言葉に、意識が途切れる前の記憶が戻ってくる。
そうだ、私は坂を登っていたのだ。

───突如として、眼前に晒された真っ白な坂を。


「私…」


ゆら ゆら
ゆら ゆら

ゆら ゆ ら ゆ ら …


そう、目が眩んで。
目眩を起こして、私は。


「ぅ…っ」
「ああ、無理をしないで」


髪に、そっと何かが触れる。
自分の体温よりも低い何か。
女性の指先。
それはそろりと前髪を梳くと優しく生え際を撫でた。


「大丈夫よ。此処は…───」





その心地良い感覚に、微睡みに落ちるように意識は遠退いた。



千鶴子さんスキーな炸裂な夢(笑)

image music:【Sakura #2】_ 梶浦由記.