危機手立


「榎木津さんは殺したくても殺せないから死なないけど、
 中禅寺さんも中禅寺さんで、殺しても死ななそうだから死なないんだろうなぁ」


場所は榎木津探偵事務所・応接間。
もっと言えば来客用ソファ。
その上にふんぞり返って益田は、実に正しくない日本語を用い、
本人達が居ないことを良いことにびいんびいんと鞭をしならせながら、
小心者が聞いて呆れる何とも命知らずな発言を叩き売っていた。


「何言ってるんですか」


それに答えたのは十代も後半の娘。
榎木津探偵お気に入りの少女だ。
名をといい、あの中禅寺を『秋彦センセイ』と慕って同宅へと居候しているという。
しかし彼女が突っ込みならまだしも、探偵助手に相槌を打つのは実に珍しい。
和寅の出した茶を啜りながら益田へと冷めた視線を注いで彼女は、
まるで件の古書師を彷佛とさせる仕草と口調で、淡々と増田の言を継いだ。


「先生を死なせるなんて至極簡単なことじゃないですか」
「………へ?」


この場に木場刑事が居合わせたのなら「陰謀罪だ」などと言い、
しかし探偵助手だけを問答無用でしょっぴいてしめてたことだろう。





「先生の蔵書に火を付けてしまえばいいんですよ」





イチコロですよ。
一体、先生を何だと思ってるんですか?
化け物か何かと勘違いしてません?

娘はしれっとのたまい、周囲を再度呆気で停止させた。



「『将を射んとせばまず馬を射よ』。
 秋彦先生を討ち取りたければまず本を狙えばいい、簡単なことじゃないですか」