それは優しく降り注ぐ春の雨のように。
けれど赤く、ぬるく。
「───…どけと、言った」


眼下には、くの字に身を曲げた細い体躯。
血溜まりに横たわるそれは、咳き込むその都度小さく呻く。
じきにただの"物"に変わるのだろう。
風景に同化し出すその色彩。
赤の中に漂う、黒髪。
白いジャージはすっかりと血に染め上げられて、
青の差し色は鈍く、重く、黒ずんだ紫色へと変わっていた。


「……カクさ、ん」


まだ呼ぶのか。
その名で。


「カク、さん…、っ、ゲホ…ッ、ぁ」


その声で。
悲しみに濡れた声で。
呼ぶのか、その名を。


「カク、さん」


愚かな。
今口にすべきに相応しい名は他にあるだろうに。
何も今まさに自分を死の淵へ追いやった相手の名を呼ぶなど、気が知れない。


「わた、し…」


この期に及んで何を。
命乞いも、助けを呼ぶことも無かったというのに。
一体、今更何を言うというのか。


「…私は」


もはや何を映しているわけでもないのだろう。
どこか遠くを見遣るような焦点の合わない瞳がゆったりと一つ瞬く。
長い睫毛が震える。
透明な雫が赤い水面へと滑り落ち、溶けて、消えた。


「カクさん…私、は…」


また。
呼ぶ。

虚ろな瞳で。
掠れた声で。
必死に、この名を。





「何じゃ」





まるで他人のもののように自分の声を聞いた。

ふ、と。
虚ろいだ瞳に、穏やかな光が灯る。
そしてそのままふわりと、まどろむように柔らかに細まって。

それは、まるでひだまりのように。





「───…私は今もカクさんのことが、好きです」





甘く、淡く。
ほどけるように消えた。










「…そんなことは知らん」


知らない。
そんなことは。


「───ワシはお前の心にそんな想いを見たことなぞ無かった…っ」


眼下に広がる赤。
滲む白。
無惨な青。
散らばる黒。


「ワシは」


揺らぐ世界。
滲む色彩。


「見て見ぬふりをしたのではなく、ただ見落として…」


虚構の上に成り立っていたのは自分。
思い込んでいたのは、偽りを信じていたのは自分の方だったのだ。


「ワシは、お前のことを…───」





赤い水面に透明な雨が一雫、降り注いで、消えた。



感情を制御することはできても、心までは制御できないから。


お試し黒カク夢。
もしかしたら期間限定、後日撤去に…なるか?
つか、ヒロイン死んではないです。死にかけてはいますが。(オイ)
直後、パウリーかルフィ達が駆け付けて…そんな、ヒロインに親馬鹿炸裂な今日この頃(笑)

image music:【香路】_ ACID MAN.