私には願いがある
貴方にも願いはあるのだろうか
重く軋む身体を引き摺りつつも、何とか辿り着いたシフト駅。
おそらくフランキーさんはもう捕まってる。
設計図と一緒に。
ならば彼らが次にとるだろう行動は一つ。
この街からの速やかな撤収。
ともすれば。
ここは水の都・ウォーターセブン。
この島から出るには海列車に乗るしかない。
彼らは必ずここに、駅にやって来るはず。

間に合って。
どうか。


「───良かった…!」


改札の向こう側には、黒いスーツの男達に囲まれた一台の海列車。

最終便、エニエス・ロビー行き。
予想した通り政府の貸し切りとなっていた。
できることならば停止させたい。
でなければせめて発車を遅らせることができれば。
30分。
30分遅らせることができれば、
彼らをアクア・ラグナでこの都に閉じ込めることができるのに。
駅の煉瓦壁の影から海列車の様子を伺う。
ココロさんの所でお世話になっていた時整備を手伝っていた事があるから、
海列車自体を故障させるなり何なりすることはできる。
できるけれど、この警戒を一人で突破して列車に触れるのはまず不可能だろう。
どうすれば。
どうすればいいの。


「あ…」


手立て無く、必死に考えを巡らせていれば、
視界の端が捉えたのは、引き摺られるように連れて来られた見覚えのある人影。
フランキーさんと、昼間工場へ来たカクさんそっくりな鼻の麦わら海賊団の人だ。
そして。


「…っ」


唇を、噛む。

怪我だらけの二人を冷たく見下ろす黒尽くめの5人。
ルッチさんにカクさん。
カリファさんに、ブルーノさん。
認めたはずなのに。
彼らはサイファーポールで、政府の人間であると。
その事実はきちんと受け入れた上でここに来たというのに。
黒い服に身を包んだカクさん達を直視できない自分がいる。





「───お嬢さん」





迂闊。
振り返ったそこに居たのは、ずぶ濡れの見知らぬ男性だった。





「おっと!
 そんな警戒しないでくれよ」
「………」


雨で火の消えたくわえ煙草。
ストライブのシャツ。
この人は、一体。
少なくともこの街の人じゃない。
更に言えば一般人でもない。
まとう空気で判る。
けれど悪い人でもないような気がする。
この人からは殺意も悪意も感じられない。
敵か、味方か。
はたまたそれ以外か。
少しずつ戻ってきている"以前の"感覚と思考に多少の抵抗を覚えつつ相手の出方を窺う。
すると警戒心を解こうとしない私に向かってその人は「参ったね…」と、
困ったように眉根を八の字に寄せた。
そして数秒考え込むと、すっと改札の向こう側を指差した。


「可愛い顔を顰めて海列車を睨んでたからな」
「………」
「もしかして俺と目的が同じなんじゃねェかなって、声を掛けたんだ」
「…え?」


私の反応に、その人は「お、やっぱビンゴ」と言って指を鳴らす。


「───どうにかしてあの海列車に忍んで乗り込もうって考えるんじゃないかってね」


その不敵な笑みに、この人が味方であることを確信した。


「俺はサンジ。
 麦わら海賊団のコックやってんだ」
「あ、私は……、です」


ガレーラ・カンパニーの船大工です、と。
思わず飲み込んでしまった自分に、胸の中心がぐっと痛んだが、
何とか堪えて首から上だけで小さく会釈をする。

サンジさん。
麦わら海賊団の一員だという。
麦わら海賊団はアイスバーグさんとパウリーさんを助けてくれた人達。
勿論、この人が本当に麦わら海賊団の人間であるとの確証は無いけれど、
そのまとう気配はルフィさんやナミさんと通じるものがあった。


ちゃんか。可愛らしい顔立ちに似合った可憐な名前だ♥」
「は、はぁ…」
「ん? …ってーと、ナミさん達が言ってた女の子の船大工か?」
「え? あ、はい。ナミさんとはドッグで1度」
「ああ。女の子の船大工が居たってナミさんが言ってたからよ。
 …って、オイ大丈夫か!? 大分怪我してるみてぇだけど…」
「あ、大丈夫です。この位」
「大丈夫って、擦り傷だらけじゃねェか!」
「あの、本当に大丈夫ですから!
 …えっと、じゃあサンジさんはあそこに居る仲間の人を…」
「ん?
 ああ………いーや、アイツがどこのどなたかなんざこれっぽっちも存じませんねぇ」


…何かあったんだろうか。

ウソップさんを見遣ってぐっと苦虫を潰したかのように顔を顰めたサンジさん。
事情の検討が付かずに首を傾げれば、
「ま、成り行き如何だな」と溜め息まじりに雨に湿り切った煙草を口から外した。


「俺の目的はロビンちゃんを連れ戻すことさ」
「ニコ=ロビンを、ですか…?」
「ああ」


ニコ=ロビン。
『オハラの悪魔』。
彼女は政府から莫大な賞金を、それも僅か8歳という年齢から掛けられてる第一級危険因子。
彼女も乗っているのだろう、あの列車に。
CP9に加担した裏切り者として。
けれど。


「…何の理由があって船を降りんのか、納得いかねェってウチの船長が言うんでね」


あの人が麦わらの一味を裏切り、CP9に、政府に手を貸したのはきっと。


「それはたぶん…」
「ん?」
「ロビンさんが市長暗殺の罪を麦わら一味に被せようとしたのは、
 皆さんを守るためだと思います」
「何、だって…」


声が掠れる同時に、さっとサンジさんの顔付きが変わる。
つい先程までの飄々さは消え、焦燥した両手には無造作にも肩を掴まれた。
「どういう事だ? ちゃん、何か知ってんのか!?」。
思わず荒いでしまったのだろうその声を嗜めるように、
慌ててサンジさんの口を両手の指先で塞ぐ。
「っと、悪ィ!」。
弾かれたようにサンジさんは両手を挙げて一歩後ろに退いた。


「いいえ。
 …サンジさんは『バスターコール』というの御存じですか?」
「いや…?」
「海軍本部の中将5人と軍監10隻を一点に召集する緊急命令権の事です」
「中将5人と軍監10隻…」
「規模でいえば国家戦争クラスの軍事力ですね。
 本来なら大将と元帥にのみ与えられた権限なんですが…、
 たぶん大将青キジが1度きりの許可権をCP9に与えたんだと思います」
「青キジってーと…、あ! あのヒエヒエ野郎かッ」
「…やはり接触していたんですね。
 ロビンさんはCP9から条件を突き付けられたんでしょう。
 麦わら一味に暗殺の罪を着せることと、その後政府に身を預け従うことを」
「!」
「のまなければバスターコールを発動させる、と。
 だからロビンさんは政府に協力することで皆さんを…」
「そうか…」


きっと、そう。

ニコ=ロビンが、あの人が今まで生きてこられたのはおそらく守るものがなかったから。
守るものがなかったから、信じるものがなかったから裏切ることができた。
そうして裏切り続けることで彼女はここまで生きてきた。
けれど守るものが、守りたいと願うものができてしまった。
大切な仲間。
麦わら一味の6人。
彼らを守るためにあの人は、守るべき大切な人達を裏切った。
それがどれだけ辛いことか。
今の私には、判る。





『私の願いを叶えるためよ。
 あなた達と一緒にいても決して叶わない願いを』





───私の願いも、私が大切だと思う人達と共に居ては決して叶わぬものだから。





「サンキュな、ちゃん」
「え?」
「これで迷わずロビンちゃんの手を引っ掴める」


サンジさんは笑う。
迷いの晴れた、とはこういう事を言うのだろうか。
絶望的とも言えるこの状況で、雨の中で、
太陽のように笑ってサンジさんはこちらへと手を差し出した。
咄嗟に意図が掴めず、首を傾げればその人は言う。


「で、ちゃんの目的は?」
「え?」
ちゃんもあるんだろ、この海列車に乗り込まなきゃならない理由が」


私の、目的。
この海列車に乗り込まなければいけない理由。
それは。


「私は…」


センゴク元帥、私は。


「私は、フランキーさんを助けたいです。
 そして彼らがアイスバーグさんから奪った設計図を取り返します」


ただ、あの人の声を。


「そして…」


ただ、私の想いを。





「───カクさん達にもう一度会って、話がしたい…!」





このたったひとつきりの願いを、どうか、あの人へ。





「そっか…、よし!
 そんじゃ今から共同戦線だ!」
「…はい!」





重ねたカクさんのそれとはまた違う男性の掌は力強く、そしてとても優しかった。



順序的には【灰色の海に鈍く沈め、銀の輪】より先にupしようと思ってたんですが、
2つに分けてupするか否か迷って結局後に回ったこの夢。

image music:【落日】_ 東京事変.