ああ涙まであたたかいのか、お前は。
「おれァ"人間の性"を…知ってるだけだ、小僧が…」


荒い呼吸で吐き捨てたアイスバーグを言葉ごと蹴り捨てて、
ルッチと呼ばれていた男は無味なその表情に微かに不快の色を滲ませた。


「いや…っ、アイスバーグさん!!」
「慎みたまえ…いつまで上司のつもりでいる」
「ぐ、ァ…ッ!?」
「アイスバーグさん…ッ!!」

悲痛な声。
敵方の予想を大きく裏切って、現実に付いて来ているらしい少女は、
もはやどこもかしこも血の滲む男の身体を抱き起こして、繰り返しその名前を呼ぶ。
白い手を真っ赤に染めて。
いまだ血の止まり切らない傷口を直に押さえ、
何とか彼の意識を繋ぎ止めようと必死に手を尽くす。


「カク、脈をとれ…」


男が低い声で言う。
カクと呼ばれて無言で進み出た黒帽子の男が二人の前に膝を付いた。
床に力無く放り出されたアイスバーグの手首へと手を伸ばす。


「失礼」





パシンッ…───





部屋いっぱいに響き渡った、冷たく乾いたその音。





「触ら、ないで…っ!!」





そこにあったのは。
涙で瞳を溢れ返らせて、カクの手をはたいた震える小さな手だった。





「…邪魔をするな」
「───ッ!!」
「っ、!!」


再度、乾いた音が部屋中に響く。

大きな手の、その甲で振りかぶって頬をはたかれ、
呆気無く真横へと吹っ飛んだ細い身体。
それは勢い良くベッドの鉄製の格子へと叩き付けられ、硬い衝撃に小さく呻く。
しかしすぐに衝撃でぶれた視界を取り戻すと少女は、
痛みに重みを増した身体を引き起こし、再びアイスバーグの元へと寄ろうと動いた。


「話が進まん…ニコ=ロビン」
「………」


黒髪の女が静かに瞼を伏せ、胸の前で手を交差させる。
少女が叩き付けられたベッドの一帯から、女の手が咲き乱れ、
しなやかなそれらが細い身体をベッドの格子へときつく貼付けた。


「──…ッ、離して!!」
「大人しくしておれ」
「いや…っ、アイスバーグさんッ!!」


黒帽子の男がアイスバーグの手首を取る。
身動きの取れない四肢を悔しげに見遣り、
常からは顧みれぬほどに声を荒げて少女は抵抗した。
するとその両耳の横から二本の手が伸び、しなやかな動きで少女の口を覆う。


「さて、ここに一つの推論があります」





それを確認して男は、低く重く、滔々と推論を語り出した。



これ実は『追憶と面影と』の冒頭だったんですよ。
長いし面白いところないからちょん切ったんですが…まぁカクに殴られてみようと。(何ソレ)

※『追憶と面影と』は本誌の展開と齟齬を生じたため撤去しました。
※それでも読みたいという危篤な方は、コチラからどうぞ。

image music【超超絶技巧ピアノ練習曲第1番「鬼火」】_ OSTER project.