01.


今日も1番ドックは賑やかだった。


「───職人のナワバリで、"海賊の道理"がまかり通るわきゃァねェでしょう」


わぁっと、住人達の歓声が上がる。
今日もまた暴れ出した海賊を職人達が返り討ちにしたのだろう。
いつにない人だかりに阻まれて、実際に肉眼で確認することはできなかったけれど、
パウリーさんの、そんな面倒臭そうな声が遠目にも聞こえてきたので、
そうなんだろうと思った。


「誰も怪我してないといいけど…」


今日はお休みを貰って、街へと日用品やらの買い物に出ていた。
何やら作業服以外のものを着て外出するなんて随分と久しぶりのような気がする。
前に一緒に買い物に行った時にカリファさんが選んでくれた、
膝丈の白いワンピースに同じくそこそこにヒールのある白のミュール。
髪も結わずにそのままにしてある。
普段が少し大きめのジャージの上下に、カクさんとお揃いのGalleyのロゴの帽子、
腰やら袖やらには大工道具を装備なだけに、
自分でも久々過ぎて新鮮さを感じてしまうぐらいにとても身軽な服装だった。


「うーん…」


だからこそ、本当はそのまま通り過ぎようと思ったのだけど。
先程のいつにない住人達の歓声の大きさから、
今日のいざこざが派手なものだったことが窺える。
それこそガレーラの職人がそんじょそこらの海賊に手傷を負わされるとは思わないけれど、
少しだけ心配になって、柵の外からなら大丈夫だよね?と中の様子を窺うことにした。

すると。


「オイ大丈夫か、カク?」
「いや、油断した」


そこにあったのは、赤い滲みの付いた布を二の腕へと巻き付けているカクさんの姿だった。


「っカクさん、怪我したんですか!?」
「…なんじゃ?」


思わず、柵から身を乗り出して声を上げる。
ともすれば、既にまばらになりつつあった周囲から一斉に視線を浴びたけれど、
そんなこと気にしていられなかった。
大した出血ではないとはいえ、大工職の命ともいえる腕に傷を受けたのだから。
けれど、大声で名前を呼ばれたカクさんはといえば、
私の顔を見るとまずは不思議そうに首を傾げて。
更にたっぷり数秒を経てから軽く目を見張ると、ようやく私の名前を呼んでくれた。


か」
「大丈夫ですか!?」
「ああ、大丈夫。かすり傷じゃ」
「良かった…」
「すまん、心配かけたな。しかし…」
「『しかし』?」
「一瞬誰だか判らんかったぞ」


てくてくと柵の側まで歩いて来てくれたカクさんは、そう苦笑して私の頭を撫でた。
否、撫でようとしてやめた。
宙で手を止めた理由が判らなくて小首を傾げれば、
「汚れるじゃろう」と、無骨で長い指のその指先だけがこの髪に触れた。
ああ、そういえばと。
今日の自分は帽子を被っていないんだと思い当たる。
さもすればカクさんの心遣いに嬉しくなって、思わず緩みかけた口元。
けれど、一瞬誰だか判らなかったというカクさんの言葉を思い出して、少々、凹む。


「カリファさんが選んでくれたんですけど…そんなに似合ってませんか…?」
「いいや。良く似合うとる。
 ただどうしたって作業着の方が見慣れとるからな。
 …今日はデートか何かか?」
「あはは、まさか。
 デートをするにも相手がいませんし。一人でお買い物です」
「そうか。ならいい」
「?」


最後の『ならいい』の示す内容がいまいち良く飲み込めなかったのだけれど。
「カリファが見たら喜ぶじゃろうな」やら「だと嬉しいです」なんて、
会話をしている内に、そんな些細な疑問など通り過ぎてしまって。
カクさんの背後から近付く人影にも気付かず。


「おい、カク。誰と話して…」
「パウリー」
「あ、パウリーさん。お仕事ご苦労様です」
「ん? あァ、どうも…って───」


うっかり普通に声を掛けてしまった。
ともすれば、顔を合わせるなり返ってきたどこか他人行儀なその反応に、
ああパウリーさんもカクさんと同じなのかな…と。
やっぱり似合ってないのかな、このワンピース…なんて。
考えていれば予想通り、数秒の間にみるみる表情を変えるパウリーさん。
目を剥いてパクパクと口を開閉するそれは、
まるで陸に打ち上げられた酸欠の魚のようだった。


「な…っ、!?」
「はい」
「おまっ、何て格好をしてやがる!?」
「え?」
「足! 出し過ぎだ! 肩も腕も…もっと隠せ!」
「あの、隠せって…」
「親父か。」
「うるせぇよ! …ってか、お前にだけは言われたくねェ!!」
「でも今日はお休みで…今も買い物の帰りなので、工場内には入りませんから…」
「そういう問題じゃねェだろッ!!」
「ええ??」


じゃあ一体どういう問題なんだろう。
工場内に入らなければ問題無いと思ったのだけど。
考えているうちに、バサッと問答無用にも大きな"何か"を羽織らされる。
ずっしりと重みのある、厚手の生地のそれはすっぽりと上半身を包んで。
染み付いた葉巻きの香りにそれがパウリーさん愛用のジャンパーだと気付く。
そして思わず瞑ってしまっていた目を恐る恐る開けると、
こんな僅かな間にどうやってこれだけの距離を稼いだのか、
パウリーさんの背中は既に遠く離れた場所にあった。


「パウリーさん! コレ…」
『クルッポー! 気にするなだポー』
「ルッチさん。でも…」
「アレは単に照れとるだけじゃ」
「照れ…?」
「ンマー! がいつになく綺麗だったから気恥ずかしくなったんだろう」
「アイスバーグさん」
「まったく…いくら免疫が無いからとはいえ不粋な男ですね。
 一言『可愛い』と言えばいい話なのに…ふふ、そのワンピース良く似合ってるわよ、
「えへへ…ありがとうございます、カリファさん」





今日も1番ドックは、色々と賑やかだった。



【船大工ラバーさんに10のお題】01一番ドック

ようやく夢らしい夢が。(やっとか)
ぶっちゃけパウリーに「隠せ!」と言わせられたので満足。(笑)