いやですか?


「ふざけんなッ!!
 女の大工職なんざ冗談じゃねぇ!!」


カリファさんから話には聞いていたけれど。
その人からの反対は、予想していた以上の剣幕だった。


「そう言うな、パウリー。
 彼女の能力は俺が直に確認している。
 実に優秀だ。センスの方も抜群と言っていい」


カリファさん曰く、このパウリーさんという職人さんは、
大層昔堅気の職人気質な人らしく、また女性を苦手としている部分があるとのことで。
ある程度の覚悟や心構えは一応用意して来たのだけど。
開口一番、大声で怒鳴られてしまった。
いきなりのことに、その剣幕にびっくりして、
思わず「どうしよう」なんて考える余裕すらも無く、頭の中が真っ白になった。


「それに向上心も有る。性格の方も真面目だしな?」
「ええと…ありがとうございます」


アイスバーグさんに頭を撫でられ、はっと現実に戻る。

気付けば呑み込んだ息を吐き出すのも忘れてた。
けれど端から見たらそれは、単にぼーっとしてるようにしか見えないだろう。
───恥ずかしい。
これじゃ間の抜けた子と思われても仕方が無い。
折角機会を与えてくれたアイスバーグさんに申し訳無く思った。


「しかし造船所は男の職場です!
 非力な女が通用する世界じゃないでしょう!!」
「ンマー、確かに彼女は俺達と比べれば非力だがな。
 それを補えるだけの、非力さをハンデとしないだけの技量とセンスがある。
 だからこそ俺は彼女を雇うことを決めた。俺の裁量に不満か?」
「そういうワケじゃありませんけど…」


アイスバーグさんが私をガレーラカンパニーに迎えてくれた理由。
私の能力。
それは"手先の器用さ"と"記憶力"。

ココロさんに助けられてからしばらくは、シフト駅の手伝いをしていた。
要するに海列車の整備。
御厄介になっているばかりでは申し訳無いと、
何か役に立てることはないかと思い立って手伝い始めたのだけれど、
そのメンテナンスの手付きと仕事の覚え具合を見てココロさんが、
「んががが! アンタ、船大工に向いてるよ!」と、
「まぁアタシに任せな」として、後日アイスバーグさんと引き合わせてくれたのだ。


「彼女にはとりあえず、カクの元で一から大工職について学んで貰おうと思う」


パウリーさんの背後に並んだそれ以外の職長さん達の表情を窺えば、
みんな半信半疑といった顔をしていた。

仕方の無い話だと思う。
私だってココロさんに「イイ船大工になりな」と背中を叩かれた時は、
「女だけど大丈夫なのかな…?」と思わず首を傾げてしまったぐらいなのだから。

でも。
頑張らなきゃと思ってる。
実際問題、いくら記憶が無いとはいえ、
いつまでもココロさんの好意に甘え続けるわけにはいかない。
ちゃんと職に就いて、一人でも暮らしていけるように生活を組み立てなきゃ。
記憶が無いなら無いで、無いものとしてとりあえずは生きていかないと。

それに紹介されたアイスバーグさんとその秘書のカリファさんは、
二人ともとても親切な人で。
記憶が無く、全く素性も知れないというのに、
それを「そんなこと」と笑い飛ばして私を雇うことを決めてくれた。

自活できるようになることも一つの目標ではあるけれど。
何よりも、こんな得体の知れない自分に親切にしてくれた人達のために、
お礼を言う以外にも自分にできることがあるならそれをやりたい。
そう思って、私は今ここに居る。


「ココロばーさんの御墨付きだ。しっかりと鍛えてやってくれ」


「カク」と呼ばれた人が組んでいた腕をほどいてこちらを向いた。
アイスバーグさんに視線で促されてその人の前へと歩み出る。


です。これからお世話になります」


ぺこりと一つ、なるたけ丁寧におじぎをする。
こういうのは最初が肝心。
緊張で思うように動いてくれない指先と膝を、何とか堪えて顔を挙げた。
するとそこにあったのは予想外にも気さくな笑み。


「どうぞよろしくお願いします」
「ああ、よろしく頼む」


差し出された掌は、とても温かかった。


「おい! カク!」
「何じゃ?」
「『よろしく頼む』、じゃねぇだろうが!!」


乾いた大きな手に優しく握り返された瞬間、
再度飛んできた怒鳴り声に肩を弾かれ、思わず手を引っ込めそうになった。

自分以外に向けられた非難。
おそらく"怒っている"のとは少し違うのだろうけれど、
"怒ってる"と表現するのが一番近いパウリーさんの表情。
それは今こうして手を握ってくれているこの人にではなく、
むしろ自分にこそ向けられるべきものであるはずと、そう思ったから。
まさに口を開こうとしたその瞬間、
後ろから「まぁカクに任せておけ」というアイスバーグさんの声が聞こえた。

そしてその直後。
他の職長さん達の口から洩れた盛大な溜め息を背景に、
パウリーさんは実に男らしく大胆且つ簡潔にこう宣言した。


「俺は嫌だね!!」


後ろで、アイスバーグさんとカリファさんの溜め息が聞こえた。


「パウリー。
 彼女には確かな能力と才能があるとアイスバーグさんも言うとろうが。
 ここが腕一本の職人の世界だということはお前もよう判っとるじゃろう。
 そこに男女うんぬんは関係ないじゃろうて」
「けどよっ」


見遣れば、やれやれといった風な周囲は皆傍観に徹するつもりのようで。

どうしよう。
アイスバーグさんにはああ言われたけれど。
当事者の私が黙っていてもいいものだろうか。
けれど私が口を開けば最後、余計にややこしくなってしまうだろうことも確か。
だからといって黙っているのはやはり。
どうするべきなんだろう。
ああ、緊張で頭が上手く働かない。

でも。


「そりゃあ腕っぷしが有るに越したこた無いんじゃろうが、
 しかし女じゃからとて頭ごなしに否定するのは如何なものかと思うぞ」
「だからってなぁ…!」


他人に頼ってばかりじゃ、ダメ。
私はもうココロさんにアイスバーグさんと、2人にも助けて貰っているのだから。
それに私はまだこの人に言ってない。
私の意志を伝えてない。

なら、ちゃんと自分の口で言わなきゃ。


「パウリーさん」
「あァ!?」
「よろしくお願いします」


まずはきちんとおじぎ。


「なっ、誰がよろしくなんて…」
「少しずつですけどきちんと成長します。
 力仕事も受けられるように体力も付けます」


そして私の"決意"を。

私はここで働きたい。
確かに男の人と比べれば、見劣りする部分は多々あると思う。
足を引っ張ることもあるかもしれない。
でも、やっぱり私はここで働きたいから。
親切にしてくれた人達に胸を張ってお礼を言えるようになりいたいから。
少しずつでもきちんと成長して、
時間は掛かるかもしれないけれど一歩一歩前進していくつもりです。
だから。


「ちゃんとパウリーさんにも納得して貰えるように頑張りますので」
「………」
「ほれ、お前さんもきちんと挨拶せんか」


お願いします、と。
言えばパウリーさんは、突然顔を真っ赤にして。





「ふんっ、俺は"まだ"認めないからな!!」





そう叫んで、社長室を出て行ってしまった。










「……嫌われちゃったみたい、ですね…」


顔を真っ赤にして怒鳴りながら出て行ってしまったパウリーさん。
多分、ああいう状態を"憤慨"と言うのだと思う。
完全に怒らせてしまった。
嫌われてしまった。

どうしよう。
どうしようどうしよう。


「なに、気にすることはなかろうて。
 アレは単に、年甲斐も無く照れとるだけじゃ」
「照れ…?」
「ンマー! そんなとこだろうな。
 アイツはあれでどうしてか女に免疫が無いからなァ」
「だからといってあの態度はやはり無礼というものでしょうけど」
「まぁそう言ってやるな」


いつものこと、なのだろうか。

出て行ってしまったパウリーさんを余所に、
アイスバーグさんもカリファさんも、他の職長さん達にも焦った様子は無かった。
むしろ「仕方の無い奴だ」とばかりにさえ笑ってる。


(いいのかな…)


パウリーさんの後を追おうかと逡巡していると、
アイスバーグさんのリードで、各職長さん達の自己紹介が始まってしまった。
ええ??と思ってカリファさんの方を見れば、「いいのよ」とにっこり微笑まれる。
…本当にいいのかな。


「さっきのはな、パウリーといって"艤装・マスト職"職長だ。そして…」


私にとって初めての上司となるカクさん。
可愛いハットリという鳩くん(男の子だよね?)を肩に乗せた、腹話術の上手なルッチさん。
見た目はちょっと恐いけれど、豪快で、とても優しいタイルストンさん。
"渋い"という表現が一番しっくりとくる、
けれど実は妙な寝癖が悩みのタネなのだというルルさん。

明日からの仕事が今から待ち遠しくなってしまう程に、とても素敵な人達だった。





「ンマー、とりあえずはそういうわけだ。
 の実力については現場で、各自自分の目で確認して驚いてくれ」





そうこうして数カ月。
ガレーラカンパニーに就職して良かったと、心から思った。



ちょっとやってみたくなってやってみた【02】いやだ!!のヒロイン視点。
私が書くにしては珍しくもぽやんとしたヒロイン。
こういうコも好きです。