君色
未来予想図


「そういえば嬢ちゃん、結婚するのか?」
「え? 結婚、ですか?」


本当に何の前触れも無く。
また脈絡もへったくれも無くルルは、さらりと1番ドックに爆弾発言を投下した。


「しませんけど…急にまたどうして?」
「がっはっはっ! 聞いたぜ、嬢ちゃん。
 この間街中で白昼堂々、求婚されたんだってなぁ!」
「何いィッ!?」
「本当か、
「え? ええ、まぁ…」


肯定はしつつも、(どうして知ってるんだろう…)と首を傾げる
対してタイルストンの放った『求婚』なる単語の登場に、
方や素っ頓狂な声で、方やいつになく抑え込んだ低い声でと、
各々反応を返したパウリーとカク。
そしてそんな職長達とのやりとりを固唾を呑んで遠目から見守る周囲の職人達。
ある意味1番ドックの業務は完全に麻痺していた。


「あれは驚きました…全然知らない人だったので」
「勿論断ったんだろうなッ!?」
「え?」
「どうなんじゃ、
「は、はい。断りました」


有無を言わせぬ剣幕に気圧され気味にもがそう答えると、
パウリーとカクだけでなく、周囲の職人達からも盛大な安堵の溜め息が洩れた。
さもすれば気が抜けた拍子にも油断したのだろう。
「「ならいい」」と、不覚にもうっかり見事に声をハモらせてしまい二人は、
互いに渋い顔を突き合わせた。
タイルストンがその広い背中をさも愉快げにバシバシと叩いて、
「がっはっは!良かったなァ、お前ら!」と実に豪快に笑い飛ばす。
一連のそれらに、が頭上にいくつもの疑問符を飛ばしたのは言うまでもない。


「クソッ。後で覚えてやがれよ…。
 …で、何て言い寄られたんだ?」
「えっと、言い寄られたというか…買い物をしていたら突然声を掛けられて、
 振り返るや否やいきなり『僕と結婚して下さい!』って」
「何やら随分と行き当たりばったりなプロポーズじゃなぁ」
「でも凄く真剣でしたよ。
 ただ相手を間違っちゃったみたいですけど」
「………。(間違えちゃいないと思うぞ…)」
「………。(報われんな、相手は…)」
「しかしまァ良かったなぁ。タイミング良くルッチが通り掛かって」


まったくだ、と。
うんうんと無言で頷いたルッチへと職人達は心中惜しみ無い拍手を送った。

下手に人の良いのことだ。
ルッチが連れて帰らなければ、勘違いしたままにも『気を落とさないで下さい』やら、
『私で力になれることがあったら言って下さいね』などと、
男に自ら親切をかって出ていたことだろう。
どうにも自身の容姿やら価値に疎いが、相手の下心になど気付くわけもない。
まぁ、もしその男がのそうした鈍い部分を逆手に取るような下衆であったとしても、
事に及ぶにあたってはおそらく良心の呵責がそれを許さなかっただろうが。


「まぁそれはそれとしてだ。
 嬢ちゃん、結婚とか全く考えてねェのか?」
「うーん…考えるも何も貰ってくれるような人がいませんし。
 それに今は仕事が楽しいですから」


ふわりと笑って言うは心底幸せそうで。
見ている側の頬さえも緩ませるようなそれに一瞬職人達もほのぼのと和みかけたが、
しかし次なる一言に、ピシリと凍り付いた。





「───でも旦那さんが同じ職人さんだったら、一緒にお仕事できて楽しそうですよね」





の唇が紡いだ『旦那さん』なる単語に、
胸の中心をきゅんっと掴まれた職人達がその日から突如仕事に全力投球し出したりで、
1番ドックの作業効率がぶっちぎりで上昇したりしたのはまた別の話。



こういうほのぼのなほんのり逆ハーは書いててすっげぇ楽しいです。
下心の有無に関わらずヒロインに過保護な職長&職人達。
何だか1番ドック、お馬鹿ばっかり(笑)