晴れのち
メロディー


「おーい、! 匿ってくれ!」


それは夜も、日付けが変わって少し回った時間帯。


「…パウリーさん」
「悪ィ! 匿ってくれ!!」
「またですか?」
「な、頼む。この通りだ!」


扉を開ければとたんに、パンッと小気味の良い音を立てて合掌したパウリー。
挨拶も無しに、開口一番懇願である。
どうやら今夜も借金取りに追われている途中であるらしい。
今月に入って3度目ともなると、さすがのも溜め息を禁じ得なかった。


「…どうぞ」
「サンキュー!」


しかしそこはお人好しなである。
言って、開けた扉を更に押し開いて招き入れる。
ともすればパァっと顔を明るくしたパウリーは、
カリファに押し付けられたという携帯灰皿に葉巻きを乱暴に突っ込むと、
「邪魔するぜ」と一言断って、そそくさと明るい部屋の中へと足を踏み入れた。
パタンと扉が閉まる。
ふわりと甘く透明な香りが鼻腔をくすぐった。


「今コーヒー入れますね」
「ああ、悪ィな」
「いいえ」


何という花の香りだったか。

キッチンに立って、パウリーに背を向けた
その後ろ姿は家に居るだけあって、普段の見なれたジャージではなく。
白いブラウスに黒のジーンズ。
髪は結わずにそのままに。
それは備え付けの戸棚からカップを取り出したり、ケトルをコンロに掛けるなどその都度、
さらりとささやかになびいては、花の香りと共にざわりとパウリーの胸をざわつかせた。


「こんな時間に押し掛けといてなんだけどな。
 お前、普段から寝るの遅いのか?」
「うーん、その日によりですけど…。
 今日は後少しなので…読み切ってしまおうと思って」
「ああそこの小説か」
「ええ。カクさんから借りたんですよ」
「……アイツ、本なんて読むのか?」
「? 好きみたいですよ?
 良く新刊とか勧めてくれますし」


小首を傾げながら差し出された温かなコーヒー。
それはこの間とその前に匿われた時に出されたのと同じマグカップで。
まるで自分専用のようだなどと、ふとでも妄想してしまえば、
いい歳をしてどうしてかくすぐったい気分になって、
弛みかけた口元ごと押し殺すように忙し無く口を付けた。

今晩三度目にしてすっかりと味をしめてしまったものだと我ながら思う。
もしかして自分はの部屋に転がり込みたいがために、
無意識にもギャンブルで負けを重ねているのかもしれない。


「そういえばパウリーさん、明日は特注の納品で早いんじゃありませんでしたっけ?」


阿呆か、俺。
馬鹿らしい。
を負け惜しみに使ってしまった罪悪感に、
またそんな身の毛もよだつ気障ったらしい思考のこっ恥ずかしさに、思わず顔が顰まった。


「ダメですよ?
 ギャンブルも程々にしないと」
「何だよ。お前までカク達みてェに説教してくれんのか?」


そう、そんな自己葛藤にかまけて油断していたのだ。





「だってこんな夜遅くに走り回って…、いつか体調を崩しでもしたらどうするんです?」





めっ、と。
まさにそんな具合に顰められた顔に、口に含んだ苦みを飲み下すのを忘れた。





「私もカクさん達も、みんなパウリーさんのこと心配してるんですから」
「…いや、それは……あ"ー…、まぁ、そういうコトにしとくか」


アイツらが、俺が風邪を引くとか身体を壊すとか、
そんな風に心配しているとは到底思えないし、実際そんなことは絶対に無いだろう。
しかし"美人"というほど艶は無い、けれど"可愛い"とするほど幼さも無いその顔立ちに、
があまりにも生真面目な色を浮かべて、至極真剣にそんなことを言うものだから、
下手な照れ隠しにも無造作に髪を掻き回して不服を表現しつつ、一応の納得をしてみせた。


「そうなんです」
「へぇへぇ、わーったよ」
「はい」


やはりこの柔らかな笑みには勝てないと。
そんな事を誇らしげになんて考えてる辺り俺ももういよいよ駄目な男だと再認識した。










「パウリー」
「ん? 何だ、カク」
「…昨夜はの所に転がり込んだらしいな」
「ああ…へへっ、まぁな」


珍しくも不機嫌そうな気配を隠さず確認して寄越したカク。
それは色々と咎める意味合いを込めての態度であったのだろうが、
しかしそれに優越感を覚えないはずもないパウリーの声はやはりどこか自慢げで。

ともすれば。


「羨ましいか?」
「…パウリー」
「あん?」


───ヒュンッ


「い"…ッ!!?」


ストッ…───


超至近距離から鋭く放たれた鑿がパウリーの頬に赤く浅い線を引き、
清々しい音を立てて後方の組み途中の船底に刺さった。


「───次からはワシの所に来い?」


にっこりと。
それはもうニッコリと。

言外にも「じっくりと説教してやろう」なんて。
有無を言わせぬ壮絶な笑みを貼付けて鑿を投げ付けたカクに、
冷や汗を垂れ流すパウリーを見て職人達は、そのハードルの高さを再認識した。



やっぱり報われないパウリーに愛。(ぇ)
そしてどうしたってカクに愛。(もういいから)

image music:【群青日和】_ 東京事変.