いつ何時も
この手を


「おねえちゃん」
「はい?」


突然、ジャージの裾をはしっと掴んだのは小さな子供の手だった。


「えっと…私に何か御用?」


振り返れば其処には、ぐるりと輪を描いて寄って来ていた子供達。
理由は判らなかったけれど、とにかく不安げに見上げてくるその表情。
どうしたのだろう。
じっと見上げてくるそれを見下ろしつつ、とりあえずは安心させてあげようと思い、
低い視線に合わせるようにその場にしゃがみ込んだ。


「おねえちゃんってガレーラの職人さんだよね?」
「だよね!」
「うん。ガレーラカンパニーで働いてるね」
「やっぱり!」
「うわぁ…!」


答えれば、大きな瞳をきらきらと輝かせる子供達。
やはりこの街では大人にとっては勿論のこと、
子供にとっても、ううん、子供にとっては特になのだろう。
船大工というのは職業としても人間としても憧れの的なのだ。


「前にね、1番ドックの入り口でおねえちゃんのこと遠くから見たことがあったんだ!」
「そっか。それで私のこと覚えててくれたんだ?」
「うん!」


元気良く頷いた男の子は、「海賊をやっつけてたよね! 凄く格好良かった!」とはしゃぐ。
『海賊』うんぬんというくだりにちょっぴり複雑な気持ちになりながらも、
「ありがとうね」とその頭を撫でれば、その子はえへへと照れたように笑った。


「それで、私に何か用があったんだよね?」
「あ! うん、あのね…」
「コレを直して欲しいのっ」


男の子の代わりに答えたのは少し気の強そうな女の子。
ひょこっりと男の子を押しのけるようにして前に出てきたため、
男の子の方は「何すんだよ!」と憮然として抗議したけれど、
「ジルは黙ってて!」と一喝、気圧された男の子を余所に女の子は、
小さな両手で大事そうに『コレ』を差し出した。


「さっきジルが落としちゃったの」
「そう…ああ、ちょっとマストが歪んじゃったのね」
「直る?」
「もう直らない?」
「大丈夫だよ」


それは、木製の模型船。
落とした衝撃のせいでかマストの1本がボウスプリットと共に折れてしまっている。
そのためファステイが弛み、マストが前のめりに歪んでしまったようだった。
ジャージのポケットからナイフと充填材を取り出す。
幸い、折れたボウスプリットの替えになりそうな木材は、
「こんなんでいいかい?」と向かいのお店のおじさんがくれたので、
ありがたく頂いて、手頃なステップへと腰を降ろして削り出した。
そしてフォアステイの長さと弛みをきちんと調節して張り直す。
ついでシュラウドの結び方も「こうするんだよ?」と正しいやり方を教えてあげて、
最後におまけとボトム部分もしっかりとコーキングしておいてあげた。


「はい、できあがり」
「うわぁ…っ」
「すごーい!」


充填材のキャップを閉めて、先程の男の子と女の子の間へと差し出す。
すると二人は一旦顔を見合わせて、その後きちんと二人で受け取った。


「ありがと! おねえちゃん!」
「器用なもんだねぇ」
「模型でもパパッと直しちまうんだから」


ふと気付けばいつの間にか子供達だけでなく、
通りすがりの人達にまですっかりと囲まれてしまっていてちょっと焦った。

そうして直った模型船を一旦皆で確認すると子供達は、
「ホントにありがとー!」と手を振りながら駆けて行った。
おそらく市街の水路に浮かべて遊ぶのだろう。
あくまで観賞用の模型線だから帆に風を受けて水上を走ることはないけれど、
水流で流れていくだろう船を追いかける子供達の微笑ましい姿が目に浮かんで、
思わず頬が緩んだ。
先程修理した模型船は、コーキングこそ甘さが目立ったけれど、
棒材、部材の寸法・比率、削り出しはかなり精巧だった。
ともすれば、もしかしたら十数年後、あの子達がガレーラカンパニーの職人になって、
カクさんの元で部材の切り出しや加工を手掛ける日が来るかもしれないのだ。

やはり、どこかくすぐったくなる気持ちは否定できない。


「将来、いい船大工になりそうじゃな」


と、頭上から掛かった聞き慣れた声。


「カクさん!」
「出張ご苦労、ガレーラカンパニー1ドック大工職?」
「え? あ、はい…お疲れさまです。カク職長」


おどけたカクさんにやはり頬が緩んで、こちらもおどけて返す。


「査定の帰りですか?」
「ああ。上から見れば何やら輪ができていて、
 しかもその中心にお前さんが居たもんだから気になってのう」


ついな、と。
それは楽しそうだったぞ、と。
言われて両頬を押さえる。
一体いつから見ていたのだろう。
恥ずかしい。
そんなに弛んだ顔をしていたのだろうか。


「それじゃあ帰るか?」


差し出された大きな掌。
これは。
これはつまり。
歩いて帰ろうとつまりはそういうことで。


「はい!」


嬉しくてその手を掴めば、どうしてかカクさんは穏やかに苦笑する。
不思議に思って首を傾げれば、「いや、何でもない」と言ってぎゅっと握り返してくれた。
ステップから腰を上げる。
カクさんの隣へと並ぶ。
「行くか」と、カクさんが歩き出した。

自分に合わせてくれているその歩調。
やんわりと引いて行ってくれるその腕。
温かい、乾いたその掌。
しっかりと包んでくれる長く骨張った指。
ともすれば、どうしたって口元が緩まないはずもなく。


「やっぱり好きです、カクさんの手」


言えばカクさんは一瞬きょとんとして。
その後、可笑しくて仕方無いとばかりに笑い出した。


「え? え?」
「まったくお前さんは…」
「私が…?」
「いいや、何でもない」


繋いだ手はそのままに。
ふと足を止めるとカクさんは、もう一方の大きな掌で帽子越しにと優しく頭を撫でてくれる。





「ワシ以外の男の手は取るんじゃないぞ?」





そんないつにない口調の言葉に。
心臓が一つどくんと跳ねるように大きく鳴る。





「ワシはこのままお前さんを1番ドックに連れて帰るがな」





他の男じゃ何処に連れて行かれるか判らんからな。

言って、カクさんは繋いだ手をぎゅっと握り直すと、
普段のにこやかなそれとは違う、
ゆったりと目を細めた静かな笑みを浮かべて再び歩き出した。



小学生ん時にボトルシップ作った程度のあやふやな記憶なんで、
船の造形についてはあんまり突っ込まんといて下さい(汗)

以前、拍手で『ヒロインは子供や動物に好かれて欲しい』とのリクエストを頂いたので、
子供に好かれたりなそんな夢を書いてみましたー。

image music:【かたはらに】_ 椿屋四重奏.