目を離した隙に


「なァ、
 もしこの若いの3人の内の誰かと結婚するなら、お前は一体どいつを選ぶ?」


それはやはり。
タイルストンの豪快な爆弾発言から始まった。


「結婚、ですか?」
「そうだ! 旦那にするならコイツらの内の誰にするかってこった!」
「……はァ!?」
「コイツらというと…ワシらか?」
『そうみたいだっポー』


そんなこんなで。
ピックアップされたのは1番ドック職長若頭であり、また結婚適齢期でもある3人。
"艤装・マスト職"職長のパウリーに"木挽き・木釘職"職長のルッチ、
"大工職"職長のカクである。


「パウリー、ルッチ、カク。
 、お前ならどいつを選ぶ?」


そして選択権を委ねられたのは。
ガレーラカンパニー唯一の女職人である少女、だった。


「えっと…、カクさん達にも選ぶ権利が…」
「がっはっは! なぁに『もしも』の話だ。
 何となくでイイ。そんな気負って考えるこたァねェよ!」
「はぁ…」


尊敬する師でありまた慕っている先輩でもあるパウリー、ルッチ、カクを、
軽い世間話にでも品定めするよう選ぶのにやはり抵抗を覚え、言葉を濁した
しかしその当人3人から、方や至極真剣な面持ちで、方や腹話術で、方や穏やかな苦笑でと、
在り方は三者三様にもしっかりと頷かれてしまったりなどすれば。


「そうですね…」


では、と。
考え込むように、細い指先を口元へと添えた。

そうして「うーん」と小さくまったりと唸ったと、
やはり豪快に笑って「お前さんが嫁に行くとしたら誰んトコがイイかってコトだぞ?」と、
再度問い直した、爆弾発言者であるタイルストンの二人は何ともほのぼのとしたものである。
しかし一方で、その二人の動向を見守る、
当の『旦那さん』候補の3人、ひいては1番ドックの職人達は、
皆一様にごくりと喉を鳴らして手に汗を握るという緊張具合を呈していた。
今や1番ドックの業務は完全に停止状態である。

この場に、をまるで妹ように可愛がってるカリファが居合わせなかったのが幸いだった。


「もし…」
「ウン?」
「もしも旦那さんが…」


周囲が呼吸さえも放棄して見守る中。
柔らかな声と共に、ふっと挙がったその清楚な顔。


「パウリーさんが旦那さんだったら、毎日賑やかで楽しそうですよね」


それは、
口にくわえた葉巻きを味わうことも忘れていたパウリーに向かってふわりと微笑んだ。


「お、俺か?」
「はい」


に正面からニコリとなんて微笑まれて、
あまつさえそんな事を言われてしまったパウリー。


「…! あ、ああ。楽しいぜ、毎日!」


そこで(お前となら)と入れられないところがパウリーのパウリーたる由縁か。


「なら俺と…!」
「でもルッチさんが旦那さんだったら、とても気遣って貰えそうですよね」
「………は?」
『クルッポー! 当てが外れたな、パウリー』


ここまできて、ルッチの無情な決定打を得てようやく、
パウリーは先程のそれが自分を選んでのコメントではないと気付いた。

そう、は。
3人の中から1人を選ぶのではなく。
3人は『どんな旦那さんだろうか』未来図、もとい予想と感想を述べているのだ。

目を文字通りの点にしきるという阿呆面を存分に晒した後、
面白いようにがっくりと肩を落としたパウリーに、
相変わらずの無表情にもルッチは呆れたように鼻で溜め息を吐く。
そしてそんな2人を見遣ってカクはやはり穏やかに苦笑した。
そう、日頃から冗談交じりにも誰彼に口説かれる度に、
「今は仕事が楽しいですから」と本当に楽しそうに笑うような少女なのだ。
そんな恋愛事にはとんと疎いを常から見知っているのだから、
早々にも気付くべきだったのである。


「あとカクさんのところにお嫁に行ったら、凄く大事にして貰えそうです」
「そうか?」
「はい!」


そうしてほのぼのと"選択"から"検討"へと移行したそれ。
周囲で5人の動向を固唾を飲んで見守っていた職人達も今や、
虎視眈々との様子を窺っており、
折りさえあれば「俺はどうだ?」と挙手してその評台に乗っかる気満々である。

が、しかし。





「───なら来るか、ワシのところに?」





嫁に、と。
先手で笑って告げたカクに、1番ドックの職人全員が完全に機会を逸した。





「……ええ、と?」
「な…ッ、オイ、カクッ!!」
「何じゃ?」
「『何じゃ?』、じゃねェだろボケ!!」
「『ボケ』とは随分じゃな」


鬼気迫る勢いでカクの胸倉を掴み掛かったパウリー。
対して実にのほほんと構えるカク。

そんな二人の、少女にしてみれば突拍子も無いそのやりとりに、
やはりいまいち状況が飲み込めていないが目を丸くする一方で、
隣のルッチが「まぁ、やらせておけ」と地声で呟き、ちゃっかりその頭を撫でていた。


「何どさくさに紛れてプロポーズしてんだよ!?」
「抜け駆けじゃと?」
「判ってんじゃねェか…───あ。」
『救いようが無いっポー』


手軽くカクに誘導されて、葉巻きをポロリと口から落として固まったパウリーに、
フォローをする気も無いらしいルッチがそっけなく腹話術でツッコむ。
一方周囲の職人達はといえば、「あーあ」と揃ってパウリーに苦笑を零すばかり。


「抜け駆け…?」


そして、当のはといえば。
頭上にいくつもの疑問符を飛ばして、
『抜け駆け』という言葉の意味するところを頭の中で処理してる真っ最中だった。


「…っ、ちっきしょッ!!
 あったまきたぞ、テメェら…───ロープ・アクション!!」
「ええ!?」
「やれやれ…」
『盛大な照れ隠しだな』


そうして勃発した、アイスバーグに言わせれば日常茶飯事なガレーラ社内最強同士の喧嘩。
ああ、また始まった。
職長同士のじゃれ合いに首を突っ込めるはずも、またその気もない1番ドックの面子は、
さて職長達のガードの薄まってる今の内にと、
如何にしての『旦那さん』候補に立候補するかと再度思案に耽り始める。
しかし。





「───ちょっと私が目を離した隙にこれですか?」





至極にこやかで且つ冷ややかな笑みをその口の端に浮かべた社長秘書の声に、
パウリー、ルッチ、カクも含めた1番ドックの職人全員が背筋を凍らせた。





「今日はまた随分と工場内が静まり返ってると思えば…まったく」
「カ、カリファ…」
、こっちにいらっしゃい」
「?はい」


カリファの言葉に、首を傾げながらも素直に寄って行った
その頭をよしよしと撫でるとカリファは、
まるでというか明らかに職人達に見せつける腹積もりでもって、
撫でた手をそのままに、のその頭を自分の首筋へとぐっと抱き寄せると、
ふっと不敵な笑みを浮かべた。





が欲しければ、まずは私を倒してみせることですね」





さぁ、判ったらさっさと仕事に戻って下さい。
言い放ったカリファにその場で挑戦状を叩き付けた職人は誰一人として居なかった。



御存じの方もいるかと思いますが、1番ドック誕生祭サマに投稿した夢の再録。
カクオチと見せかけてカリファオチの逆ハー…たまにはカクにオトさずってコトで(笑)