桜色の日和


「あ"ー、今日はまた疲れたのぅ…」


利き手をそれとは逆の肩に置き、ある程度揉みほぐす。
そしてそのまま首を左右に振ってゴキゴキと鳴らしたカク。
何とも年寄りじみた動作が無用に板に付いてる彼は若干の23歳だった。

珍しくも彼が、こうして独り言にもぼやくにはそれなりの訳があった。
月も終わりということで今日は一日中部屋に篭りっ切りで書類と睨めっこ、
もとい事務処理に追われていたのだ。
それはパウリーなど見ただけで失神しまいそうな、もとい実際に逃走した量だった。
しかしそこは器量の良いカクである。
現場同様サクサクと仕事をこなし、何とか日が暮れる前に片づけ終えたのだが、
しかしやはり普段と使う部分が違うため、
肩の筋肉は見事に凝り固まってしまっていたのだった。


「カク職長、お疲れ様です!」
「おつかれっスー」
「おぉ、お疲れさん」


ともあれ、本日の仕事のはかどり具合ぐらいは確認しておこうと、
既に人影もちらほらとまばらにしか残っていない現場に顔を出す。
"生ゴミ"の跡が無いところをみると、今日は海賊共が騒ぎを起こすことはなかったようだ。
勿論平穏に越したことはないのだろうが、
おかげで軽い運動にも身体をほぐす機会も無かったのかと、カクはふとそんな事を思った。


「お疲れ様です、カクさん」
「ん? か」


柔らかなソプラノに振り返る。
するとそこに居たのはやはり予想した通りの人物、
両手に一つずつ紙コップ入りのコーヒーを持っただった。


「どうぞ」
「おお、すまんな」
「いいえ」
「確か今日は一日中2番ドックの方に行ってたんじゃったな?」
「はい。引き継ぎと…あと簡単な指導をってアイスバーグさんに頼まれて」
「その割には随分と時間が掛かったようじゃが」
「えっと…その、あと"お掃除"をちょっと手伝って…」
「まったく…、人が良過ぎるのもほどほどにするんじゃぞ」


その清楚な顔立ちと性格に反して、そんじょそこらの海賊など相手にならないという
1番ドックでは妹や娘といった感覚で職人達に可愛がられているが、
これが2番以下のドックとなるとどうにも勝手が違うらしい。
カリファから聞くところによれば、"可愛いの先輩"的な扱いを受けているとのことだった。
勿論、勤続年数やら船大工となってからの日数はが誰よりも浅いのだが、
不思議なもので、寄って来る手合いは皆、後身口調でに接する。
ともすれば自然とお願いされるような流れとなるその会話。
よって、多方面で下心付きにも物事を頼られるという有り様だった。
しかもそこは人の良過ぎるである。
無下に断りなどするわけもなく。
また自分にできることがあれば、なんて進んで不要な仕事や厄介事を請け負ってしまう。
その最たるものが"海賊の掃除"だ。
カクとしては、純粋に自分の目の届かない所でが怪我をするのを心配してとか、
また私情にも悪い虫でも付いてはかなわないとか、
毎度「人が良過ぎるのもほどほどにするんじゃぞ」と、
良い意味でも悪い意味でもナワバリをきちんと意識するようそれとなく注意するのだが。
後者はともかくとして、ちゃんとカクの言わんとするところを、
心配してくれていることを理解できるからこそはその都度、
今現在がまさにそうであるように、やはり柔らかく苦笑するのだった。


「以後、気を付けます」
「そうしてくれ」


受け取ったコーヒーをぐっと飲み干して手頃な木材の上へと置く。
そして再度ゴキゴキと首の骨を鳴らし、肩を回す。
やはり一仕事して凝りをほぐしてから帰るとするか、なんてカクが考えていると、
その様子をじっと見つめていたが、
古い言い回しで恐縮だが、頭上にぴこんと電球を浮かべると明るくその口を開いた。


「良ければ肩揉みましょうか?」


にっこりと提示された提案に、カクがきょとんと停止した。


「…お前さんがか?」
「はい」


にこやかに頷いた

嬉しくないわけではない。
むしろ嬉しいに決まってる。
しかし。
しかしだ。
タントンと肩を叩くと、タントンと肩を叩かれる自分。
それはまるで祖父と孫。
そんなほのぼのとした構図を脳裏に思い描いてカクは。


「………いや、気持ちはありがたいが遠慮しておこうか」
「そうですか?」


後で何やかんやとパウリーにつつかれることは間違いない、と。
多大に惜しい気もしたが、丁寧に遠慮の意を示した。


「海賊をのして来たとなれば、お前さんの方こそ疲れとるじゃろう?」
「え? あ、私なら大丈夫ですよ」


ふわりと笑ったを見て、カクはふと妙案を思い付く。
ともすれば、これまた古いジェスチャーで恐縮だが、
じゃんけんのグーをパーでぽんっと受け止める形にも手を打ち。


「よし、一つワシが肩を揉んじゃろう」


そして、おもむろにもそんな事を提案をした。


「………えぇ!?」
「ほれ」
「え、あの、いいですよそんな!」
「遠慮することはないぞ」
「え、遠慮とかじゃなくってっ。
 カクさんにそんなことさせられませんから…!」
「それを人は遠慮というんじゃがな」


途端、慌てたようにたじろぎ一歩後退してカクから距離をとった
その分の距離を、はたまたそれ以上の距離を詰めるように大きく一歩を踏み込んだカク。
根が謙虚なせいか、相手の好意を無下にできないに、
しかもそれがカクの申し出とあらば拒否などできるはずもなく。
わたわたとしている内に、あれよあれよとされるがまま、
木材に腰掛けたカクのその膝の間にちょこんと座らせられる。
そしてゆったりとカクの大きな手がの肩に乗せられ、
またその指先がそっと首筋に添えられたその瞬間。





「───ひゃん…っ」





発されたのは、そんな可愛らしい悲鳴。
思わずガチリと硬直したカクを、きっと誰も責めないだろう。





「………?」
「す、すいません」


不測の事態に、不覚にも数秒の間をもって問い返すことを余儀なくされたカク。
それに上擦った声で謝罪した
そんな挙動不審な二人に周囲から突き刺すような視線が浴びせられる。


「そ、その、くすぐったくて…」


首筋から顔を桜色にしては、俯き加減にそんなことを言った。


「………そうか」
「すみません…」





このままうなじにでも食らい付いたら、などと。
うっかりとでもそんな不埒な事を本気で思ってしまったカクだった。



それでも一応カクはガレーラきっての理性の人なので、何かと堪えてしまうわけです。
大事にするのも程々にしないと進展できんよ、職長。(誰のせいだよ)

image music:【STEREO TOKYO】_ polyphonic room.