ぬくい寝床に朝の光が差し込んで目が覚める。
目が覚めれば、起き抜けのぼやけた視界を探り分けてご主人の姿を探す。
寝顔か、笑顔か。
それが笑顔なら「おはよう」と笑うご主人ににゃあと答える。
それが寝顔ならぺろりと一舐め、
すりっと頬を擦り寄せれば瞼を上げたご主人がやはり「おはよう」と笑う。
一日の始まり。
ご主人と美味しい朝御飯を食べる。
食事が済んだら、仕事に行くご主人を送り出して午前のひだまりで再度一眠り。
目が覚めたら家の窓から屋根伝いに街へと降りて、そのまま日がなぶらぶら。
知り合いや友達と喋ったりふざけたりして夕方まで過ごす。
太陽が空をオレンジ色に染め始めると、ご主人が帰ってくる前にと帰路着く。
そして「ただいま」と笑うご主人をお出迎え。
一緒に美味しい夕飯を食べて、また温かい寝床でぐっすりと眠る。


これがここ最近の僕の日常。


白い二人

1番ドッグ


「なんだァ、この白猫?」


そしてその日常を少しばかり打破してみようかと、
ささやかな冒険心を携えてやって来たここはガレーラカンパニーの1番ドッグ。


「………」
「感じ悪リィヤツだな、オイ」


僕のご主人はここの船大工だ。
朝から工場に出掛けて、夕方まで帰って来ないご主人。
「寂しい思いをさせちゃってごめんね」。
家に帰って来ると「ただいま」の後にいつもそう言って、
本当にすまなさそうに僕の頭を撫でるのだ。
この心優しいご主人の傍に居るのが僕にとって何よりの時間だが、
留守の間、僕は僕なりに有意義に過ごしているので、
ご主人が思ってるような寂しく辛い思いをしているわけではない。
だから考えた。
ご主人は僕の顔を見れない仕事中、僕が寂しい思いをしてると思ってる。
なら簡単だ。
僕がご主人の仕事場に出向いて寂しくない顔を見せれば良いのだ。
思い立ったが吉日、僕はこうして意気揚々とご主人の仕事場へとやって来た。


「おら、しっしっ!」


して、目の前には葉巻きをくわえた無精髭の男が一人。
もっの凄く嫌そうに顔を顰めて、僕をその足で追いやろうとする。
こんなおっさんの粗野な仕打ちなんて本気でどうでも良いのだが、
ご主人がこんな小汚い男共に溢れた所で働いているのかと思うと本気で心配になった。


「どうした、パウリー?」
「おぉ、カク。
 それがよ、工場内に馬鹿な猫が迷い込んで来たみたいでよォ」


馬鹿とは何だ、馬鹿とは。
少なくともお前なんかよりはずっと僕は賢い顔をしてる。


「ほー、珍しいのぅ。見事に真っ白な毛並みじゃな」


とりあえず何があってもお前だけにはご主人はやらないと、
葉巻きの男を下から睨みつつ、引っ掻くの機会を伺っていれば、
通りすがった長っ鼻の男がすっと僕の目の前へとしゃがみ込んだ。
ゆったりとこちらへと伸ばされた無骨な骨張った指先。
それは僕を怖がらせないようにと、きちんと横からこの首下をくすぐった。
そしてそれはまた存外に優しい代物で。
少なくともこっちの不粋な葉巻き男とは違うようだ。


『クルッポー! 何サボってやがるお前ら』
「あァ? 誰がサボってるだコラァ!」
「いや、猫が工場内に迷い込んだらしくてな」


今度は、肩に白鳩を乗せた男がやって来る。
しかも白鳩も白鳩で生意気にもネクタイなんて締めてる。

…もしかして僕は来る所を間違えたのだろうか。


「工場内は関係者以外立ち入り禁止なんじゃ。すまんな」


どうやらやはり間違ってはいないらしい。

「よっと」と何とも年寄りじみた掛け声を零して、
僕をその目線よりも上へと持ち上げた長っ鼻は、
一度詫びるように苦く目を細めると、僕を胸元へと抱きかかえて歩き出した。
このまま外へと運び出そうというのだろう。
まだご主人と会えていないのに。
まぁ仕方無いか。
今回は僕の準備が足りなかった。
次はもっと作戦を練ってから足を運ぼう。
心持ちを新たに、長っ鼻の紳士的な対応に礼を述べようと、
自慢のしっぽでぱたぱたとその手の甲を撫でてやる。
すると長っ鼻は、「ああ」と答えてにっこりと笑った。


「…あれ、ブラン!?」


と。
長っ鼻の肩越しには、まさに探し求めていたご主人が。


「ブラン? お前さんの名か?」
「…ちょっと待て。そうすっと、まさか、お前…」


きょとんと目を見張った長っ鼻とは対照的に、みるみる顔色を変えていく葉巻き男。
やっぱりご主人に気があったのか、お前。
僕の"鼻"は確かだったらしい。


「ブラン」


呼ばれて、にゃあと一鳴き。
長っ鼻の肩からとんっと飛び下りて、ご主人の足下へととてとてと駆ける。
しゃがみ込んで、僕へと手を伸ばしたご主人。
待ってました。
その腕の中に飛び込む。
そっと僕を抱いてご主人は腰を上げた。
高くなる視線。
視界には丸い目を更に丸くした長っ鼻とぎこちなく振り返った葉巻き男。
ふふん。
冷や汗をだくだくと垂れ流すそれに、見せ付けるようにご主人の頬に擦り寄って見せる。
視界の端で、僕と葉巻き男のやりとりに長っ鼻が穏やかに苦笑した。


「どうしたの? 寂しくて来ちゃったの?」


違うよ。
僕は寂しくなんてないって、大丈夫だって見せに来たんだ。


「お前さん、のトコの猫だったんじゃな?」
「にゃあ」
「カクさん」
「…かっ、可愛いネコだな」
「ふーッ!!」
「ブラン?」
「ぷっ、嫌われたなパウリー」


口の端を引き攣らせていびつに喋る葉巻き男に威嚇をお見舞いしてると、
その背後から背の高い男と眼鏡の美人が、先程の鳩男と一緒にやって来る。
どうやら長っ鼻も気付いたらしい。
「どうも」と帽子のつばを摘んで軽く挨拶すると、
ご主人が「アイスバーグさん! カリファさん!」とその名前を呼んだ。


「可愛い子ね。
 の飼い猫なの?」
「はい…」
「ンマー、来ちまったもんは仕方無ぇだろ」
「え?」
「ワハハ、アイスバーグさんもペット同伴じゃからな」
「あ!」


ご主人の視線の先には、背の高い男の逞しい胸元。
そのストライプシャツのポケットにはちょこんと白いネズミがおさまっていた。
何やら僕の視線を浴びて縮こまったみたいだが、
生憎僕は、ご主人の上司のペットに手を上げるような無礼者じゃない。


「ブランっつったな、白いの」


背の高い男の、その乾いた掌にぐりぐりと無造作に頭を撫でくり回される。





「怪我だきゃしねェよう、気を付けんだぞ」





社長兼市長の公認もあって、それから僕は顔パスになった。



猫シリーズ第2段。(いつシリーズ化したよ)
随分と間が空いてしまいましたが、名前募集に応募して下さった方々ありがとうございました!
本当にたくさんの応募を頂いて内心ちょっとビビってたりもしましたが、
白猫たんの名前は『ブラン』に大決定しました。
ブランはフランス語で白という意味です。
シイカさん、ありがとうございました!
他にも素敵な名前がいっぱいあって本当に迷いました。
特にワタアメ<白雲>ちゃんとか惹かれましたね…!か、可愛いよー…!