ファン!


「あんなぽやんとした子が船大工なんて、絶対に間違ってると思うわけよ!」


とは、とある女性の言。

ガレーラカンパニー唯一の女性職人ともなると、
特に同性からは尊敬や憧れの念を抱かれることも多いが、
同時にやっかみを受けることもしばしばだった。
それはやはり職人達に、所謂『イイ男』が揃い踏みしているせいだろう。
しかし実際には、男女を問わず何とも加護欲を刺激するの人の良さもあってか、
やっかみを覚える者達よりも好意的な人々の方が圧倒的に多く、
またどうしてか自身の価値に関する事柄にとんと疎いは、
やっかみに出くわしても疑問符を飛ばすだけと、
鼻白むのはどうしたってやっかみ側の女性なのだった。


「そうよねー、しかもカクさんにベッタリなんて許せない!」
「でしょー!?」


そしてここにもまた、
例にも漏れずやっかみ吹っかけてぽやんと疑問符を返された女性が二人。

こうしたやっかみ派の女性は大概、本命の職人がいたりする。
特に職長の若頭であるパウリー、カク、ルッチの3人のファンであることが多い。
そう、がやっかみを受けるのはひとえに嫉妬、つまりはそういうことなのだった。


「あの子が採用されるぐらいなんだから、私だってガレーラに…───って、キャ!」
「…オイオイぃ! どこ見て歩いてんだ、ねェちゃんよぉ」
「あ…ッ」
「危ねェじゃねぇか、コラァ」
「その、ごめんなさ───」
「あァ!? 聞こえねえよ!!」
「ひ…!」
「こりゃ慰謝料払って貰わねェとなァ?」
「そんな…っ」
「でなきゃ付き合って貰うしかねェよなァ、あァ!?」
「いや…っ」


前方不注意。
運悪くも入り組んだ水路に迷わされ機嫌も最高に損ねていた海賊に、
思いきりなんてぶつかってしまったのは、先程までの悪口に対する応報か。
乱暴な所作でもって迫ってきた海賊。
その野太い腕が、女性の腕を掴もうと伸ばされた瞬間。


「───ッ!?」


と、女性の二の腕まであと数cmというところでひたりと宙に停止した海賊の手。
海賊の目が驚愕に見開かれる。
それもそのはず。
突然、横から掴まれた太い手首。
振りほどこうとしても微動だにしない手首から先。
その手首を掴んでいたのは小さな手、それも細い指先だったのだ。


「ああ、失礼」


辺りを静まり返らせた、すんなりと鼓膜に融ける澄んだ声色。

白地に青の差し色の、少し大きめの上下ジャージ。
Galleyのロゴの入った帽子。
腰には大工道具の収められたベルト。
男にしては細身で、小さ過ぎる体躯の介入者は、
ゆったりと掴んだ男の手首をゆったりと持ち上げると、
女性の二の腕から距離を取らせ、そのまま静かに解放した。


「な、何だァ、テメェ」
「その格好…船大工が何の用だ!」


目深に被った帽子の鍔下から覗く顔立ちは、清楚に整ったもので。
その出で立ちと相まってはボーイッシュというよりも、スマートな印象を与えた。


「いえ、そちらの女性は嫌がってると思いまして」


何とも場にそぐわない穏やかな、ほわりとした口調。
良く通る澄んだソプラノ。
しかし先程掴まれた手首に感じた予想外の拘束力に対する警戒心か、
男達は半歩下がって間合いを稼いだ。
それを見届けて介入者は、女性二人を背後へと庇うようにそっと海賊達の正面へと立つ。


「オイオイ、正義の味方気取りか?」
「そっちの女がぶつかってきたんだよ。なぁ、ネェちゃん達?」
「そうなんですか?」
「ひ、ぁ…は、はい…っ」


脅えから声を震えさせて答えた女に、先程気後れした余裕を取り戻したのか、
下品な笑みを口元に乗せて男達はじりっと間合いを詰める。

が、しかし。


「でも、きちんと謝ったんですよね?」
「え…?」
「『ごめんなさい』って、さっき聞こえたから」
「あ、はい…」
「なら問題ありませんよね。
 向こうも特に怪我をしたというわけではないみたいですし」


『"許す"のが男の器質だ』ってアイスバーグさんが言ってましたから。
きっと許してくれますよ。
言って介入者はにこりと笑って「ですよね?」と海賊に向き直った。
ともすれば。


「ふ、ふざけてんのか、テメェ…ッ!!」


乱暴に胸倉を掴み上げられる。
ともすれば細い身体は容易に踵を浮かされて。
しかし凄まれているはずの介入者に脅えた様子は全く無く。


「ふざけてなんていません。
 ここは水の都、ウォーターセブンです。
 海の上と違って、暴力で物事を押し切れると思ったら大間違いですよ」
「こ、コイツ…ッ、上等だ!!」
「覚悟できてんだろうなァ、エェ!?」


掴んだ胸倉を突き放すように離し、粋り立った海賊達。
対して乱暴に解放された船大工は特にバランスを崩すでもなく、とんっと静かに着地する。
そうして背後の女性2人に「危ないですから離れていて下さいね」とふわりと笑って告げると、
帽子の鍔をくっと引き、更に目深に被り直した。


「…女だからといって職人をナメて貰っては困ります」


まずは両腕で掴み掛かって来た一番手前の男。
敢えて両肩を掴ませると、その片腕と襟首を逆に引き取り、細い身体を反転。
同時に軸足を蹴り上げバランスを奪い、背負い投げて地面へと叩き付ける。
背中から叩き付けられた反動で仰向けに晒されたその顔には驚愕が張り付いていた。
ついで側面から短い刃物で向かって来た男をひらりと躱すと、
そのまま相手の勢いと体重を利用して鳩尾に膝で一撃。
衝撃に緩んだ手から落ちた刃物は、地面に落ちると同時に踵で間合いの外へと蹴り出された。
呼吸を引き攣らせた男は地面に崩れ落ちると転げて呻く。
最後の一人。
既に目を剥いて引け腰となっていたその男に「どうします?」と声を掛ける。
その柔らかな声に大袈裟に肩を弾かれた男は、ごくりと唾を呑み込んだ。
呻く男を二人足下に、「この二人を連れて帰って下さると助かるんですが…」と、
船大工がやんわりと提案すれば男は逆上し、
腰に下げた曲刀を抜き放ち、逆袈裟に斬り掛かってきた。
細い指先が無駄の無い動きで腰の工具ベルトへと伸びる。
手入れの行き届いていない刀と手入れの行き届いた鑿が衝突して、
ギィンっと不快な金属音が辺りに響き渡った。
砕け散った鈍い刃。
その余韻が消えぬ内に風を捲いた振り抜きの回し蹴りを横面に喰らって、
最後の一人も地面へと呆気無く崩れ落ちた。


「───この街で"海賊の道理"がまかり通ると思ったら大間違いですよ」


わぁっと涌いた周囲の歓声。
それらに囲まれ船大工はふぅっと息を吐いて、ゆったりと腰を上げた。





「大丈夫ですか?」
「え…」
「怪我とかありませんか?」
「あ、はいっ」


いつの間にやら、腰を抜かして地べたに腰を落としていたらしい女性の前へと中腰にかがみ込むと、
件の船大工は片手を差出してゆっくりと立ち上がらせる。
そして怪我の有無を確認し、女性のスカートに付いた埃を叩いて彼女は言った。


「良かった」


ふわり、と。
その清楚な顔立ちでもって、穏やかに笑んで去って行ったに。


「「───素敵…」」


と。
当の女性二人だけでなく、周囲の老若男女が、
「あ、お昼どうしよう」などと暢気に呟くその後ろ姿に釘付けなったのは言うまでもない。





そんなこんなで。


「きゃぁあぁぁ、ルッチさーん!」
「カクさん、素敵ー!」
「いいぞ! タイルストン!」
「何だ?パウリーはいねぇのかよ!」
「渋いぜぇ! ルルよォ!」


ガレーラカンパニーではもはや日常茶飯事となっている海賊騒ぎ。
ともすれば、男も女も分け隔てなく職人へと寄せられる黄色い声。
しかし。


「頑張ってー! ちゃん!」
「…え?」
「むさ苦しい野郎になんか負けちゃだめよー!」
「え、えっと…」
「今日はまたえらく大人気じゃな」
「はぁ…」


職長目当てにドック入り口へと群がっていた女性ファンの一部が、
昨日のお姉様方を筆頭に、ファンへと宗旨替えしたことは言うまでもない。



カクやカリファから「海賊・痴漢・ナンパ撃退法」とばかりに、
それなりに、というかしっかりと体術も仕込まれてるんですよヒロイン(笑)