「よ、よォ」


つーん。


「いっ、いい天気だな」


つーん。


「………。」


………。


「───いい加減にしろよテメェ!!」


フーッ!!





ガレーラカンパニー1番ドックは今日も平和だった。


葉巻き男と白猫


「コッチが下手に出てりゃイイ気になりやがって…!!」


1番ドック"艤装・マスト職"職長が白い子猫相手に躍起になっていても、
業務にさしたる支障が出ない程度に平和だった。


「……ってお前ら何笑ってやがる!!」


側で仕事に精を出していた"大工職"職長が、
両腕で腹を抱えて切り出し途中の角材に突っ伏し両肩を震わせていたり、
偶々通りがかった"ピッチ・鍛冶・滑車職" 職長が、
深くしゃがみ込んで声も無く背を揺らしながら地面と見合いをしていたり、
休憩中だった"木挽き・木釘職"職長が腹話術での突っ込みも忘れ、
肩の鳩と同様にも利き手で口元を押さえ付けて俯いていたり、
"差物・コーカー・縫帆職"職長がいつにない大口で、
破壊力抜群な大音量で豪快に爆笑したりしていても業務にさしたる支障が出ない程に。


「いや、すまん…お前さんがあんまりにも必死なんで、つい…っ」
「笑いながら謝ってんじゃねェよ!!」


息も絶え絶えに、涙目で必死に引き攣る腹筋を抑え込んで喋る長っ鼻。
それに顔を真っ赤にしてがなり散らして葉巻き男は、再び僕と対峙した。


「テメェらもサボってねェで仕事しろォ!!」


真っ青な空。
白い雲。
輝く水色の煌めき。

ウォーターセブン市長兼ガレーラカンパニー社長らしいオッサンの、
粋な計らいで工場内を顔パスになった僕は今日も1番ドックへと"見回り"にやって来た。
何の"見回り"かなんて聞くまでもない。
僕のご主人に悪い虫が付かないようにと睨みを利かせに来たのだ。
すると予想通りにもご主人への下心から、僕に歩み寄ろう試みる野郎共は多かった。
そしてこの葉巻きの男もご多分に漏れず僕へと引き攣った笑みを寄越してきたのだ。
何て短絡的な。
僕がそんじょそこらの猫ならあながち間違った戦法でもなかったろうが、
残念ながら僕はそんじょそこらの猫とは違う。
ふん、残念だったな。
ぷいっと赤ら様に鼻先を背けてやれば、
葉巻き男はこめかみに浮き上がっていた青筋をぶちりと音を立てて千切った。


「こんっのクソ猫が…ッ」
『クルッポー! 猫相手にマジになるなよ、パウリー』
「うるせェッ!! 鳩に言われる筋合いはねェ!!」
「八つ当たりだな」
「八つ当たりじゃな」
「にゃー(八つ当たりじゃん)」
「あァ!?」


鳩男、長っ鼻、眼鏡寝癖に同意するよう鳴けば、
葉巻き男の青筋が更にもう1本切れる。
それをまた煽るように奴に背を向け、大あくびをしてやった。
暑苦しくて付き合ってられないと告げるように。
ともすれば思った通り、頭のてっぺんまで血を沸かせた葉巻き男は、
アイデンティティとも言える葉巻きを噛み千切り、利き足を一歩退いて構えた。
望むところだ。
爪を剥き自慢の尻尾を逆立て、こちらも前屈みの臨戦態勢に入る。

すると。


「ンマー、何やら騒がしいな」


青い空に響いたのは戦闘開始のゴングではなく、ゆったりとした低い男の声だった。


「アイスバーグさん!」
「おう。皆暑い中、御苦労」
「にゃー」
「よォ、小僧。今日も元気そうだな。
 なら今日は2番ドックの方に引き継ぎに出てて、
 昼過ぎまでコッチにゃ帰って来ねェぞ?」


成る程。
どうりで探しても居なかった、においが薄くて辿れなかったわけだ。
貴重な情報を提供してくれた礼を言わなければ。
きちんと正面に、前足を揃えて座り「にゃあ!」とひとつ鳴けば、
オッサンは「おう」と男らしく答えて気持ち良く笑った。


「そうだわ。
 なんならがこっちに戻って来るまで私の所にいらっしゃいな、ブラン。
 美味しいお昼ご飯を御馳走するわよ?」


言って、しゃがみ込み僕の首をくすぐった迫力美人。
この美人秘書はご主人を、僕が言うのもなんだが猫可愛がりしてる。
何かと世話を焼きつつ、僕同様、ご主人に悪い虫が付かないよう目を光らせているのだ。
同志、同盟、要するに味方だ。
それにご主人自身もこの美人秘書をとても慕っている。
ともすればそんな気の利いた誘いを断る理由も無い。
にゃんと鳴いてその長い指へと頬を擦り寄せれば美人秘書は、
「決まりね」と微笑んで僕をその豊満な胸元へと乗せるように抱き上げた。


「じゃあな、ブラン」
「ワハハ、あんまりパウリーをいじめんでやってくれな」
「にゃー」
「ガハハハ! お前さんはに似て本当に賢い奴だな!」
「ちょっと待て。『いじめんで』ってそりゃどういう意味だカク!?」
『クルッポー! そのままの意味だろうっポー』
「あァ!? やるか、喧嘩なら買うぞルッチ!」
「喧嘩なら社長の話が終わってからにして頂戴」
「さっき政府から大口の仕事が入った。現場の指揮監督は…───」





今日も1番ドックは平和だった。



猫たん書いてて楽しー。
アホなパウリー書いてて楽しー。
(毎度の事ながら扱いがアレで本当すません)(これも愛故に)

image music:【宇宙エレベーター】_ capsule.