キリン曜日


「うーん…」


商店の並ぶ水路から少しばかり路地に入った其処にある雑貨屋の棚の前にて、
かれこれ数分唸り続けているのはガレーラカンパニー唯一の女職人、もといだった。


「どっちにしよう…」


の目の前には2つの陶器製の歯ブラシ立て。
ひとつはゴンベにも似たウサギを象った桃色のそれ。
そしてもうひとつは丸い目と長い睫毛が愛らしい黄色いキリンのそれ。
「ウサギさんのだとチムニーとゴンベが泊まりに来た時喜びそう。
 でもこっちのキリンさんのも凄く可愛いし…」。
真剣さのあまりに思わず呟いてしまった独り言にも気付かず、
もんもんとその2択に頭を悩ませ続けるの背中には、
まるで微笑ましいものでも見るかのような店主の眼差しがゆったりと注がれている。
すると『コンコン』と、店主と以外に居ない静かな店内に響いたのは、
何か硬い物を軽く叩いたような音。
悩むの一時中断し、物音のした方へとふわりと視線を巡らせた
ともすればそこには。


「! カクさん」


ガラス1枚、もといショーウィンドウの向こうに居たのは、
同じくガレーラカンパニー1番ドックの大工職職長であるカクだった。

目を丸くするに「そっちへ行く」と一言口の動きだけで告げるとカクは、
その返答を待つこともなく、木製の扉を押し開き店の中へとひょこりと顔を出した。
「邪魔するぞ」。
店主に向かって軽く帽子のつばを上げてみせる。
「いらっしゃい」。
やはり微笑ましさをたたえた笑みを浮かべて店主はカクを出迎えた。


「随分と迷っとったようじゃな、
「あ…」
「ワハハ、そんな恥ずかしがらんでもええじゃろう」
「も、もしかしてずっと見てたんですか?」
「このウサギとキリンか?
 …ふむ、こやつはココロばーさんのところのゴンベに似とるのう」
「カクさんっ」


赤くなりながらも穏やかな笑い声で話を逸らそうとするカクの名を呼んだ
対してカクはその大きな掌での小さな頭をよしよしと撫でた。
そんな風に、仕事を巧く仕上げられた時の仕草でもって煙になど巻かれてしまったら、
ただでさえカクを慕い親しんでいるが追求を引っ込めぬはずもなく。
頬を赤らめたまま口を噤んで見上げて寄越したにニコリと笑ってカクは、
クセのない髪の上に置いた手をゆったりと移動させると、棚に飾られたそれを取った。





「───ワシはこっちの方が好きじゃな」





の前へと持ち上げられたそれは黄色いキリンの歯ブラシ立てだった。





「異存はあるか?」
「え? いえ…」
「よし」


なら決まりじゃな。
言うなりカクに連れられ、店主の元へと運ばれて行くキリン。
数秒、ぱちぱち瞬きしていてその背を見つめていただったが、
状況と展開を理解するとパタパタと僅か数歩分とはいえ急いでその後を追った。
「包んで貰えるかの?」。
言って徐にもごそごそと尻ポケットから財布を取り出す。
カチャリ。
カウンターへと置かれたコインの涼やかな音が店内に響いた。


「カ、カクさん!」
「はは、良かったな。毎度」
「ほれ。割れ物じゃから気を付けるんじゃぞ」
「え、あ、はい……って、そうじゃなくって!」
「うん? おお、それだと両手が塞がってしまうの。よっと」


もはや何から確認していくべきか戸惑うの隙を拐うかのように、
控えめながらわたわたと振り乱すのとは逆の手から買い物袋を取り上げると、
「それじゃ邪魔したな」と店主に告げ、カクは入り口へと向かい歩き出した。
まるでが追って来ないなどとは微塵も思っていない歩調。
完全にカクのペース。
当然の帰結のように「えっと、失礼しますっ」と律儀にも会釈を添え、
早足にもカクの後を追って店を後にしたを見送った店主は、
「まったく、微笑ましいねぇ」と呟き、昼食へと出るための店支度を始めた。


「カクさん!」
「何じゃ?」
「えっと…その、ありがとうございます」
「そういう人の好意をきちんと受け取れるところはお前さんの美点じゃな」
「でも貰ってばかりじゃ悪いですから、
 代わりにと言っては何ですけど…カクさんこの後時間がありますか?」
「うん? あるにはあるが…」
「お礼にお昼御飯ごちそうします!」
「いいのか?」
「はい! あ、でもお口に合うかどうか判りませんけど…」
「……お前さんが作ってくれるのか?」
「あ、やっぱりお店の方がいいですよね…」
「いや、お前さんが料理上手なのはカリファから聞いとるかなら。楽しみじゃ」
「そんな期待されちゃうと困るんですけど…、
 さっきお魚屋さんでいいイカを分けて貰ったので、
 カクさんに美味しいって言って貰えるよう頑張りますね」
「まったく…、お前さんはどうしてそうワシのツボをおさえとるのかのう…」
「『ツボ』?」
「いいや、こっちの話じゃ」





そうしてまるで新婚の夫婦か何かのような会話と構図でもって、
の家へ帰って行った2人の噂を伝え聞いたパウリーが、
朝一にもカクに「テメ、このハレンチ野郎ッ!!」と食ってかかったのは言うまでもない。



いや、今週号の『キリンは大好きじゃ!』発言にガツンとやられたもんで(笑)

このSSは450001のキリバン報告を下さった晴サンへ!
リクエストは『主人公が甘える』『無条件に甘やかすカク』夢だったんですが…、
カクをヤキモキさせたい親馬鹿書き手の趣向のせいでこの程度に。
こ、これだけ遅くなっておいて本当にスイマセン…!(ジャンピング土下座)
こんなんでもチロッとでも楽しんで貰えたらと願うばかりです。

image music:【Only One More Kiss-雨に唄えば-】_ MAKI with GUzzle.