04.
───困った。
ガレーラカンパニー1番ドック・大工職、。
彼女は今まさに途方に暮れていた。
「俺と付き合って下さい!」
目の前には可愛らしい花々の束。
そして深々と頭を下げてそれを突き出して来た青年。
ベタもベタベタな展開である。
この状況が何を一体何を示すのか。
いかに恋愛事に疎くできているとて容易に理解できるぐらいの真っ向勝負だった。
「ええと…」
自分は今、告白されている。
しかも白昼堂々、公衆の面前でもって。
だからこそは、こうして心底困り果てていたのだった。
「あの、気持ちは凄く嬉しいんですけど…」
「お願いします!」
緩やかな変化球でもってお断りしようとが口を開けば"コレ"なのである。
もう数度に渡って、変化球を投げ返そうとした。
けれどその都度が球を投げ返す寸でで、
間髪入れず、まるでそれを遮るかのように青年は再度直球を投げて寄越す、
もとい再三告白を押し寄越してくるのだ。
何とも一方的なキャッチボール。
しかし当の青年には一向に顔を挙げる様子は無い。
それはYesかNoか、白黒付いた回答しか受け付けないという意志表示か。
はたまたOKサインが出るまで粘るとの断固たる決意か。
どちらにせよ、名も知らぬ青年の気持ちになど応えられるはずもないは、
どうやったら相手を傷付けずに、また恥を掻かせずにこの窮状を脱するか、
賢い頭も、普段はほとんど使わない部分をフル回転である。
「…ごめんなさい。
貴方とお付き合いすることはできません」
そして結局は、相手の望む通りに直球を返すことを選んだ。
本当に申し訳無さそうに告げたその声に、
ようやく顔を挙げた青年はがっくりと肩を落とし、花束を地に向けた。
「そう、ですか…」
「はい…」
重い沈黙。
の抱いていた紙袋がカサリと乾いた音を立てた。
元々は、昼休みに昼食の買い出しに出たその帰りだった。
そこを問答無用にも眼前の青年に捕まり、今に至るのである。
紙袋の中には、近頃評判のカフェのクラブサンドイッチ3人前。
自分の分はともかく、自分に買い出しを頼んだ二人は、
今頃1番ドックで昼食の到着を待っているのだ。
早く、帰らなきゃ。
上司二人の顔を思い出し、意を決したように口を開こうとした。
しかしそれを再度悪意無く遮ったのはやはり、眼前の青年だった。
「好きな人がいるんですね…」
「え? いえ…」
「やっぱりカク職長と付き合ってるんですか?」
「ええ??」
どうしてそういうことになるのか。
『カク』なる単語の登場に、しかも『付き合ってる』という動詞の発生に、
目を丸くしては継ぐ言葉を失った。
しかし相手はといえば今や完全に自分の世界に浸ってしまった様子で、
「でも俺だって子供が好きです!」やら「貴女の子供なら絶対に可愛いです!」と、
少々図々しいというか妄想甚だしい独り言を大声で力説する。
ここまでくると見物している周囲からすれば『やれやれ…』というものだが、
免疫の無いにしてみれば問い質すにも問い質せず、ほとほと困り果てるばかりだった。
(どうしよう、帰れない…)
成否はともかく、相手にしてみれば本懐を遂げたのだろうから、
放置して立ち去ってもいいように思われる、というか放置しても全く問題無いのだろうが、
そこは人の良過ぎるである。
あれこれと掛ける言葉を考えた結果、「まだ仕事が残ってますので」と、
「失礼します」とわざわざぺこりと一つ頭まで下げて、踵を返した。
否、返そうとしたのだが。
「待って下さい!」
再度の待ってコール。
「それでも俺は…」
ともすれば。
「「───あァ、失礼」」
そんな一方的な直球を、地面にめりこませる勢いで打ち落としたのは、
にしてみれば良く聞き知った、男性二人の声だった。
「カクさんにパウリーさん!?」
「カクが先かよ…」
「へ?」
「いや、コッチの話じゃ」
振り返ればやはり、そこにはが予想した通りの人物。
1番ドック・大工職職長と、同じく1番ドック・マスト艤装職職長だった。
方や穏やかだがどこか得意げな表情、方や渋い表情を各々浮かべた二人は、
いつの間にやらの両脇をぴったりと固めていた。
「えっと、どうしてここに…」
「お前さんの帰りがどうにも遅かったんでな。
心配になって迎えに来たんじゃ」
「す、すみません…!」
「馬鹿野郎。お前が謝ることじゃねェだろうが」
自分に買い出しを頼んだはずの上司二人の登場に、
先程以上に目を丸くしては、ぱちぱちと瞬きする。
その様子に苦笑しながらカクが頭を撫でて迎えに来た旨を告げれば、
とたん恐縮したように慌てて謝罪した。
それを見咎めパウリーが、まずはカクの手を払ってから、
しゅんと俯いてしまったその頭に、ぼんとあやすように掌を置く。
一瞬、二人の間でパチリと小さな火花が散ったように見えたのは青年の目の錯覚か。
「本当にすみませんでした…」
再度のか細い謝罪。
ともすれば職長二人の視線はどうしたって眼前に注がれるというもので。
まるで『お前のせいだ』とでも言われた心地になった青年の顔からは、
少々血の気が引いていた。
「───つーワケだ」
もはや何を言われても首を縦に振るだろう青年の様子を確認して、
カクとパウリーはの両肩に各々その手を乗せる。
「ウチの職人、引き取らせて貰うぜ」
「え?」
「午後の業務に差し支えるのでな」
「あの」
そしてそのまま攫うようにを回れ右させると、
有無を言わせず1番ドックへと連れ帰った。
「カクさん、パウリーさん?」
背中に感じるカクの掌。
髪に感じるパウリーの掌。
「またワシの勝ちじゃな」
「クソ…ッ」
「あの、『勝ち』って…?」
その掌がの手を指先まで独占できる日は、いましばらく先の話のようだった。
【船大工ラバーさんに10のお題】04あぁ失礼。
こっそりと、同時に登場したらどっちが先に名前を呼ばれるかで勝負していた二人(笑)
方や師弟脱却、方や堅物克服とまぁそれぞれ苦労しているワケです。