05.


いくら大工職とはいえ私は、いかんせん力が足りない。

腕力、体力共に、周囲の職人達と比べればどうしたって劣ってしまう。
こればかりは生まれつきの差、男女の違いなのだから仕方ない。
だから私は、力仕事に手を付けられない部分の穴埋めとして、
カリファさんにお願いして書類の方の仕事も受け持たせて貰ってる。
元より常人離れした記憶力なんて特技を持っている私は、
工場内でもちょっとした"記録帳"的な役割を果たしているため、
その記録帳として扱っている情報が、事務処理やら経理処理に役に立ったりするのだ。

けれど。


「ダメですよ」
「そこを何とか…、なっ? この通りだッ!!」
「もう、そんなこと言われても…」


人一倍昔堅気で職人気質なパウリーさんは、
やはりと言っては失礼だけど、デスクワークは苦手だったりする。
職長という立場上、書類処理は避けられない運命なのだけど、
月始めや月の終わりに山積みの紙の束が職長室へと届く度にパウリーさんは、
『俺は現場の職人だ!』と豪語しては放り出して、すっかりと溜め込んでしまう。
そうして次の月まで繰り越してしまうこともしばしば。
その都度カリファさんにお叱りを受けるのだ。
今月もそう。
こうして目の前で両手を合わせて頭を下げてるパウリーさんは、
もう既にカリファさんにこってりと絞られた後だった。


「半分でいい、頼む!」
「でも、『パウリーに頼み込まれても引き受けちゃダメよ』って、
 カリファさんにもよくよく釘を刺されてますし」
「クソっ、カリファのヤツ…」
「ちゃんとお仕事しないとだめですよ?
 それこそパウリーさんは職長なんですから、下の人達に示しがつかないでしょう?」
「俺はこの腕で一本通って来たんだ! これからだってこの腕で…」
「これからギャンブルしに行こうとしてたのにですか?」
「う"っ!!」


何で知ってんだよ…!と赤くなったパウリーさんに、思わず苦笑が零れる。
パウリーさんはこのところ、いつになく借金取りに追われている。
おそらくギャンブルでの負けが相当にかさんでいるのだろう。
普通は負けが続けば自粛するものなんだろうけれど、パウリーさんは違う。
「一発、一山当てて借金返済!」と、更にギャンブルに励んでしまうのだ。
その悪循環はルルさん曰く「泥沼」。
だからこそ、目の前のパウリーさんのどこかそわそわした様子も考慮して、
今日もまた負け分を取り返しに行くつもりなんだろうなぁと踏んだのだった。

しかしカクさんの話だと、
「アイツがギャンブルで勝ってるトコなぞ見たことがない」のだそうで。
パウリーさんらしいといえばパウリーさんらしいのだけど。


「だいたいなぁ、カリファは職場ってモンが判ってねェ。
 職人は現場にあってこその職人であって、叱るが故に俺は現場にいてこそ、なんだよ!」
「あはは、でもカクさんもルッチさんも職人さんですけど、
 職長として毎月きちんとデスクワークもこなしてますよ」
「…アイツらが特殊なんだっ」


そんな腕を組んでの年不相応な拗ねた表情に。
自分は高ーい棚の上ですか、なんて不粋な台詞は胃の奥へと飲み込んだ。


「そうですね…ならパウリーさん、今日は現場、何時頃あがる予定ですか?」
「ん? そうだなァ…夕方ぐらいか?」
「その後時間は?」
「まぁ、あるっちゃあるが…」
「それじゃあその頃そっちにお邪魔しますね」
「あ?」


ぐっと眉根を寄せたパウリーさん。
ともすれば「訳が判らん」と言外に語るその表情に、にこりと一つ笑って見せて。


「確かに『引き受けちゃダメよ』とは言われましたけど…」


そう、確かにカリファさんにはそう釘を刺されたけれど。





「───『お手伝いもしちゃダメ』とまでは言われてませんから」





『お手伝い』ならきっと、大丈夫。





「今月の発注と搬入件数やら何やらの数字なら全部頭に入ってるので、
 大分手間と時間が省けると思いますよ」
「…恩に着る。」
「いいえ、どういたしまして」












そんなこんなで。


「───で、何でお前までついて来てんだよ!」
「別にええじゃろう。
 お前がに仕事を押し付けて逃げんかと心配でな。
 カリファに代わってのお目付役じゃ。
 それとも何か?ワシが居ると何か不都合でもあるのか?」
「クソッ、覚えてろよ…」
「さて、と。それじゃあサクサク終わらせちゃいましょうか」


『お手伝い』などする気も無いカクまでが付いて来たりしたのはまた別の話。



【船大工ラバーさんに10のお題】05借金取り

ええもう、オチがコレなのは私の趣向です(笑)
カク好きじゃー!