06.
「おんやぁ?
こんな所にまた随分と可愛いねえちゃんがいるじゃねぇか!」
その声にほんの僅かに視線を上げたのは、Galleyのロゴが入った帽子を目深に被った、
男にして細身で小柄な、白地に青の差し色が入った大きめのジャージを着た職人だった。
「…何か御用でしょうか、お客様」
「へっへっ、用って程のものでもねぇけどなぁ」
「そんな線引っ張ってばっかじゃつまらねぇだろォ? 俺らと遊ぼうぜェ」
「仕事中ですので」
慣れ、なのだろう。
向けられた、いやらしい笑みにも特に表情を歪めることもなく、
墨付けを続けんとまた部材へと静かに視線を戻しては、
実に淡々とカリファ直伝の営業的な台詞を口にした。
さもすれば男達はその反応をどう捉えたのか。
多少なりともお気に召すものではあったらしい。
そうして更につけ上がった男達は大声ではしゃぎ立てたあげく。
「つれねぇこと言うなって!」
「こんなむさ苦しい所にいるこたぁねぇ。
大工なんざ辞めちまって俺達の船に来いよ。
そんでもってじっくりと膝割って仲良くしようぜェ!」
張った墨縄を慎重に摘まみ上げるその細い手首を、乱暴にも引っ掴んだ。
「お客様」
ともすれば。
ザッと音を立てて殺気立った周囲の職人達。
「───ウチの大事な職人に触らないで貰えますかねェ」
それは"お願い"というような生易しい代物ではなく。
言うなれば"脅し"と、もっと言えばいわゆる"宣告"と言うやつで。
「な、何だ、テメェら…! やる気か!?」
「お客様がその手を離さないようならそうなりますなぁ」
「はんっ! 大工ごときがナメた口きいてんじゃねぇぞ、コラァ!!」
「俺たちゃ3000万ベリーの賞金が掛かった海賊一家だぜェ!
歯向かうとはいい度胸…───グエッ!!!!」
「…あァ、失礼。うっかり手が滑った」
「なっ、クソ、やりやがったな!?
お前ら、覚悟はできて───ガぁ…ッ」
「あァ失礼。つい手元が狂いましてね」
『うっかり』と、職人の手から鋭く放たれた鑿。
『つい』と、フルスイングで振り下ろされた大鋸。
予想もし得ない展開に『まさか』と、一瞬呆気にも似た心境に陥ったのだろう、
気後れした海賊達は腰も引け気味に武器を振り翳し粋り立つが、
そんなもの、それこそ文字通りの"腕一本"で通ってきた職人達に通用するわけもなく。
「、後ろに下がっとれ」
「でも、私も…」
『クルッポー! こういう荒事はオレらに任せとけだポー!』
「なぁに、5分じゃ。
すぐ加工に入るから斜材の墨付けの方を終わらせといてくれ」
「───…はい、ありがとうございます」
そうして、例の"決め台詞"を下した瞬間。
「───職人のナワバリで、"海賊の道理"がまかり通るわきゃァねェでしょう」
集まった野次馬達の歓声を背景に、海賊達の敗北が決まった。
「ふぅ。大砲の試し撃ちもできて艤装の面子はちょうど良かったな」
「馬鹿言え。"ゴミ"が散らかって仕事になんねェよ」
『ポッポー! 張り切って散らかしたのはお前だろパウリー』
「あァ!? 喧嘩売ってんのか!? 買うぞ、ルッチ!」
「あ。カクさん、斜材の墨付け終わりましたー」
「よし。それじゃあ早速加工に入るとするかのう」
「はーい」
そうして。
毎度のことながら1番ドックに、ものの数分で"生ゴミ"の山ができたのは言うまでもない。
【船大工ラバーさんに10のお題】06ナワバリ
船大工夢は、基本にはこんな逆ハーに至らないほのぼのな感じで。
ま、書き手の本命・カクが出張ってくること間違い無しですが(笑)