09.


「無礼者っ!」


今日もカリファさんの見事な百烈蹴りが、"修理逃げ"の海賊へと炸裂した。


「はっ! 私としたことが、思わず取り乱してしまいましたわ…」
「このアマぁ…! 俺らを誰だと思ってやがるッ!!」
「覚悟はできてんだろうなァ、オイィ!!」


原因はやはり海賊達のアイスバーグさんに対する暴言。
常に冷静沈着で思慮深いカリファさんだけど、
こうして取り乱すと容赦が無く、また怒ると見境も無い。
それがアイスバーグさんに対する非礼なら、海賊であろうがお客様であろうが蹴り飛ばす。


「…下がっていて下さい、カリファさん」


カクさんは今査定に出ているし、ルッチさんは遅い昼食にとついさっき街へ出た。
パウリーさんは…たぶんこの時間は借金取りに追われてる、はず。
ルルさんとタイルストンさんは2番ドックへ顔を出しに行ったと誰かが言っていた。
さて、どうしよう。
勿論、職長達ほどではないとはいえ、周囲には腕っぷしの立つ職人さんがたくさんいる。
普段のように"返り討ち"にしても問題は無いのだけど。
でもとりあえずは私が場を収めておくのが1番適任そう。

…何といっても。
"返り討ち"にカリファさんが加わると、海賊だけでなしに職人側への被害も大きいから。


「お客様」
「あン? 何だァ、テメェは?」
「今ならまだ前言を撤回できます。
 社長に対する暴言に謝罪し、穏便に修理費を支払われる意志はありませんか?」
「はァ? 馬鹿かテメェは?」
「オイオイ、良くみれば女じゃねぇかコイツ」
「あーん? おっ、なかなかの上玉だな。
 ならそこの美人な姉ちゃんと一緒に俺らに付き合って貰わねぇとなァ?」
「楽しくやろうぜェ」


女と見れば、皆言うことは同じ。
個性が無いと思うのだけど、
パウリーさん曰く『ソコはツッコむトコじゃねーだろよ』だそうで。


「…支払われる意志は無いんですね。それじゃあ仕方ありません」


溜め息を一つ。
素直な支払いはまずないだろうと踏んでいたから、
そんな業務的な確認で時間を稼ぎつつ、ちょうど袖内に仕込んでいた仕事用のワイヤーを、
気付かれぬよう、海賊達の周囲・頭上・足下へと、
壁や部材に反射させて張り巡らせておいた。


「いくらお客様といえども、修理費を払わないような無礼な方々には容赦しません」


準備は完了。
周囲にも目配せでこれ以上近付かないように伝えてある。
これでもう、あとは指先でくるりと小さく一つ円を描けば、
抵抗どころか、身動き一つ取れぬ形で海賊を一瞬で総崩れにできる。


「『容赦しません』だってよ!」
「俺らを誰だと思ってんだぁ、あァ!?」
「ギャハハ! やるってのかい?俺たちゃ海賊だぜェ!」
「見れば判ります」


さて、ここがどこだか教えてあげないと。





「───職人のナワバリで"海賊の道理"が通じると思ったら大間違いですよ」





キュイン。

硬質な澄音の後、世界を支配した完全な静寂。
海賊達の下品な笑みが音も無く驚愕に歪み、そのまま地に沈んだ。





「…人体には急所ならぬ"急線"というものがいくらかありまして。
 それをこうして糸で絞めてやると…こうなるわけです」


一瞬で眼前を埋め尽くしたのは、地面へと崩れ落ちた数十体の男の体躯。
つい先程まで自分達の優位を信じて疑わなかった、身の程知らずな海賊達の成れの果て。
気絶し、意識を飛ばしたそれらは完全に四肢の力を失っていた。


「糸の締め具合の調節如何で、麻痺程度から一瞬で息の根を止めることもできますが…」


さて、と。
敢えて一人だけ気絶させずにおいた船長に、
にっこりと、カリファさんに直伝の営業スマイルを向ける。
そしてもはや完全に血の気を引かせたその顔から更に気色を奪うように、
指先でひらりと"の"の字一つ。
すると、見えない糸によって万歳よろしく両腕を挙げさせられ、
あまつさえ両膝を地に付かされた船長は、「ヒィ…ッ」と小さく呻いてようやく震え出した。


「乱闘で職場を汚すのは本意ではないので、この程度にしておきました。
 …"生ゴミ"の山は、後で"掃除"するのが大変なんですよ」


後ろに控えていてくれていた職人達がザッと音を立てて船長一人を取り囲む。
目は口ほどに物を言うというけれど、
威圧たっぷりのその目が語るのは、「さぁ、どうしてくれようか?」。
いまやガタガタと音を立てて震える船長はといえば、まさに失神寸前といった具合だった。

…ちょっと可哀想、だったかな。


「部下の尻拭いは上司の役目、職場の常識です。
 船の修理代の支払いと、散らかってる"ゴミ"の回収を速やかにお願いしますね」


そうして壊れた人形のように首を縦に振り乱すと男は、
足を縺れさせながら、補修用ドッグに繋がれた自分の船へと一目散に駆け戻って行った。





「相変わらず甘めぇなぁ、嬢ちゃんは」
「そうですか?」
「そうそう。あんな職人をナメた奴らなんざノして晒しモノにしてやりゃいいのによ」
「まったくね。あんなセクハラまがいの無礼者、
 すり潰して海獣の餌にでもしてやれば良いのよ」
「アンタは相変わらず見境が無ぇな…」
「はっ! 私としたことがつい下品な言葉遣いを…」


「相変わらず甘い」と笑いながらも、
「お疲れさん」なんてガシガシと頭を撫でてくれる同僚の職人達。
興奮のあまりズレてしまった眼鏡を掛け直しつつ、
「ご苦労様」と優しく労ってくれるカリファさん。

何てことはない、日常の一コマ。


「うーん…、でも自分も相手も怪我をしないならそれに越したことはないし、
 それに"掃除"の手間を考えたら、これが一番合理的な方法だと思うんですけど…」





今日の1番ドックは、普段よりも少しばかり平和だった。



【船大工ラバーさんに10のお題】09:無礼者

ヒロインも職人。それなりに強いんだぞ、と。
そしてガレーラ・良心最後の砦、もとい数少ない穏便な職人なんだぞ、と。(笑)