「奥州の伊達男が、甲斐に何用かしら?」


諸国偵察の道中、行き掛かった旅茶屋の軒先。
その赤い毛氈を押し退けてこの目の中へと映り込んできたのは、
安穏とした景色には似つかわしくない艶やかな脚線美。
遇えて遠回り、ゆったりとなめらかな白いラインを辿り上げれば、
当の美脚の主はまるで琴でも奏でるかのような軽やかな口調でそう告げて寄越した。


「Oh…、甲斐にこんな鼻の利く女が居るとはね」


しっとりと霧に濡れたかの如き艶をひく深い漆黒の髪。
陶磁器を思わす、けれど病の気配のなど微塵も感じさせない白い肌。
不敵な笑みを浮かべる形の良い唇。
どれをとっても上の部類に属するそれらを備えた女は、
程々に品良く湯飲みの茶を飲み干し、ゆったりと店主へと半身返し二杯目を注文した。


「What's your name?」
「So hasty man」
「! ほぉ…異国の言葉もいけるクチかい」
「まぁ程々に、ね」
「気に入ったぜ。
 I'm Masamune. Are you?」
よ」
「Uh-huh. 、ね」


、な。
再度口の中だけでその音を一文字一文字呟き飲み干す。

意を込めて呼ぶ。
すると。


「ふふ、そんなに私の名が気に入った?」


案の定、返ってきたのはそんな挑発的な猫を思わす補職する側の笑み。


「あァ、気に入ったぜ」


噛み付き、喰らい付かんと沸き上がった衝動を何とか噛み殺し、
ついでに背後から湧いた小十郎の小言を端から鼓膜で弾き返してやりつつ、
黒髪の間から覗く、赤い耳飾りの飾られた白い耳朶へと音を立てて口付ける。
ふっと鼻腔をくすぐった白梅の香。





「───俺の処に来いよ、





鼓膜へと直に注ぎ込まんと欲を出し甘い噛めば、女は更に心地良さげに笑みを深めた。





「政宗様!」
「独眼竜の"懐"に?」
「そうだ。
 退屈はさせねぇぜ?」
「ふふ、退屈ねぇ…」
「おう」
「甲斐の軍は、奥州からすれば退屈に見えるらしいわよ?」
「そりゃ心外」
「あ?」


楽しげに、くつくつと喉を鳴らし空に向かってそう告げた女。
反射的に周囲の気配を探る。
すると予想外にもあっさりと右斜め上方で捕まったのは、
戦場で幾度か刃を交えた武士のそれ。


「相手がウチの姫さんとあっちゃあ、
 さすがのアンタでも口説くにゃ役不足だよ。伊達の旦那」


否、忍のそれだった。


「その声は…お前、あの暑苦しいのの飼い犬じゃなかったのか?」
「暑苦しいのってねぇ…ま、否定はしないけどさ」
「さぁ、奥州の色男2人の顔も拝めたし帰るわよ、佐助」
「了解」


武田の忍の、その人と也など知る由も無い。
しかし真田忍隊の長であり、また他国にも実力随一と名高いこの忍を、
『死ぬも生きるも仕事、ってね』と笑い捨てる生まれながらの闇の者であるこの男を、
そのしなやかな心一つで従え繋ぎ止めてみせるとは。
やはりこの女は極上だ。
堪え切れず跳ね上がった口の片端。
この隻眼を疼かせる女など幾方ぶりか。
どう口説き落としてくれよう。
とりあえずは次にまみえんがための口実だ。
細い腰へと回していた腕に力を込め抱き寄せんとすれば、
それより先に、まるで見計らっていたかのように女がゆるりと腰を上げた。





「───じゃあまたね、政宗?」





『また』の意味する処に、呼ばれた己の名に、やはり心の臓が一際熱く脈打った。



念願叶ってweb拍手に置いた政宗夢。
むしろ佐助vs政宗か。(もっと小十郎を絡ませたかった!)