WHAT PLANET IS THIS.


「よい、っしょ…!」


ああ年寄り臭いなぁとは決して口には出さずに心中でだけゴチる。
そして普段はあまり使わない腰と腕の筋肉に多大な労力を注ぎ込んで、
我が使命を阻む、もとい掃除の邪魔となっている憎きダンボールを持ち上た。


「重…ッ」


何が入ってるのか、非常に重い。
とにかく重い。
ひたすらに重い。
これはナメてかかっていた。
どうせ入ってるのはまたカップラーメンとかカップうどんとか即席寿司とか、
栓を抜いて5秒という文明の利器らしからぬ高科学な乾燥食だと踏んでたのに。
どう考えても、音からしても中に入ってるのは金属製品だ。
たぶんジェットが漁ってきたジャンクの余り。
騙された。
いや、誰の思惑も絡んでなんてないんだけど。
大体そんなセルフツッコミを脳内で呟くぐらいなら、
持ち上げる前に前もって押すなり引くなりして、
中身の具合を確認しておけば良かったじゃないかと思う人も居るかもしれない。
ご尤も。
至極真っ当な御意見だろう。
何を隠そう私もそう思う。
故に持ち上げる前に、ぞんざいにも足で押して移動させようと試みてみた。
結局ズズッとしかダンボールが磨り減っただけだったけど。
しかし重いからといって見て見ぬフリ、放置プレイというわけにはいかない。
それでは我が使命を果たせない。
だからこそ私は今こうして上腕二頭筋の筋を振るわせて踏んばっている。
頑張れ自分。
そうだ、君は頑張ればできる子なんだ。
やはり脳内でだけ自分で自分にエールを送りながら、
コレって自分を欺いてるよねぇと一抹の空しさに酔いしれつつ、
よろよろこわごわと一歩一歩慎重に歩みを進めた。


「わ…っ!」


そんな健気な努力の甲斐も空しく、船体自体がガタンと大きく揺れる。
慎重な歩調も足場そのものが揺らいでしまえば徒労というものだ。
ああ、何て無情。
ダンボールの急激な重心の移動に耐えられず、呆気無く均衡を崩した身体。
まるで悲劇のヒロイン、特に名指しすれば継母と義姉に突き飛ばされたシンデレラの気分で、
世の不条理さごと嘆いてみた。
このままいくと自分は後ろに倒れる。
尻餅をつければ儲け物だが、おそらくしこたま背中を打ち付けるのだろう。
腰は打ちたくないと思う。
だってこのクソ重い中身不明の段ボールを抱えたままよ?
この重みがモロに五臓六腑を直撃して染み渡るのよ?
腕の中の重量が重量なだけに、この後来るであろう衝撃を想像し、
想像したことを即刻激しく後悔した。
この重量に重力加速度が加わった段ボール箱の下敷きだなんて、
大きくもない普通胸が今より薄くなったらどうしてくれるのさジェット。
お門違いにもこの船の持ち主に一撃そう八つ当たる。
というか八つ当たりなんて結構余裕あるね、私。
ふと、いまだ掃除の終わってない埃っぽい床に髪を散らばす自分の姿が脳裏を過った。
髪は女の命なのに。
しかしだからと言って、生憎自分は超能力者ではないから宙に浮くことはできないし、
雑技団の人間でもないから素晴らしい身体能力を発揮して回避することもできない。
こうなってしまったら後はなるようにしかならない。
そう人間、時に諦めが肝心だ。
あ、今私何かイイ事言った?
いや、そうでもないか。
もはやネガティブなんだかポジティブなんだか。

せめて擦りむいたりしないといいなぁと喧しい脳内劇場を締め括る。
そうして引き続き、まるでコマ送りに進んでいく自分の転倒をやはり他人事のように享受し、
来るべき衝撃に備えて本能的にキツク目を閉じた。
しかし。


「───…何してんだ、お前」


背中は、覚悟していた固い衝撃に見舞われることはなく。
むしろそれなりに柔らかで温かな感触に受け止められた。
しかも私の三半規管が正常なら、今私は世界に対してきちんと垂直を保ってる。
要する倒れてない。
それなりに肺には辛い態勢ではあるけれど。
何故。
恐る恐る瞑った瞼を上げれば「おい」と、
最近になってようやく耳に馴染んだ気怠い男の声が直に鼓膜をくすぐった。


「スパイク…?」
「俺以外に見えるか?」
「いいえ。とっても男前ないつも通りのスパイクさんです」
「上等。大丈夫みたいだな」
「あ、うん。大丈夫。ありがとう」


声を追って振り返れば、間近にあるスパイクの顔。
どうやら私は背後からスパイクに抱きとめられたらしい。

私が状況をしっかりと理解したのを確認するとスパイクは、
「ほれ」と、反射的に強く抱え込んでしまった段ボールを私からひょいと取り上げた。
どうやらさっさと二本の足で立てということらしい。
うら若い乙女としてはやはりトキメかずにはいられないこの体勢に、
多大に名残惜しさを覚えずにはいられなかったが、
だからといって実際問題いつまでもこうしてるわけにもいかない。
一言お礼を言って、スパイクの胸に預けていた背を起こす。
そしてその腕の中からひょこりと抜け出した。
すると、折角私が労して持ち上げたその段ボール箱を、
無情にも軽々と元の位置に戻そうとするスパイク。
無論、それを黙って見過ごすことなどできるはずもなく。


「あ、待って!
 できればそれ、コッチに置いて欲しいんだけど」
「ん」


言えば、スパイクは「よいせっと」と。
やはり何の苦も無く、指差し示した床の上へとそれを置いてくれた。


「ありがとう。助かっちゃった」
「まったく…こういう力仕事は最初っから俺らに言やいいだろうに。
 お前はどうしてそうも何でもかんでも一人でやろうとするんだ? 新手の修行か?」
「え…、いや、違うけど。
 だって、ほら。
 私ってば家事全般を請け負うって条件で此処に置いて貰ってるわけだし」


奇想天外摩訶不思議で非現実的なかくかくしかじか紆余曲折を経て、私は今此処にいる。
このビバップ号に、無収入な居候として。
エドのように特殊な技能も知識も無い私は、
家事労働全般を担うのを条件に、要するにお情けで置いて貰ってるのだ。
しかも家事労働といっても炊事はほとんどと言っていい程ないから、
掃除洗濯といった水仕事が主になる。
今のもその一環。
つまりこれは私の仕事。
仕事というのも図々しいかもしれないが、他に何もできない私が貢献できる数少ない機会。

私が唯一、この世界に居場所を確保できる方法なのだ。


「だからって俺らを使わない理由にはならないだろうが」
「でもそうしたら私、任せられた仕事もこなせない役立たずの穀潰しじゃない」
「お前、意外と卑屈なんだな」
「どうせなら謙虚と言って欲しいんだけど…?」


これ以外に私は、この宇宙に自分の居場所を構築する方法を知らない。
自身の存在意義の証明方法が家事労働だなんて滑稽かもしれないが、それは事実なのだ。
たとえ滑稽でも何でも。
低能と笑われても。
それ以外に見つからない、見つけられないのだから、
それぐらいは自分一人でできなければいけないとそう思う。

立って歩くぐらいのこと、自分一人でできなければ。





「───俺達は家政婦を雇ったわけじゃないんだ」





なのに。
それはまるで「次からは呼べよ」とでも言外になんて言われてしまったような気がして。





「うん…ありがとう、スパイク」
「ああ。ガキはそれぐらい素直な方がイイぞ」
「失敬な。私は18歳!」
「ガキだろ」
「未成年でスパイクよりも年下ってだけよ」


少しぐらいなら凭れてもいいのかな、なんて。
考えれば不意打ちにもくしゃりとその大きな掌に撫でられて、
不覚にも目の奥がじんと疼いた。



Web拍手お礼だったCOWBOY BEBOPもスパイク夢。
いつもよりもコミカルというかコメディな感じの文章…のつもりだったんですけど。

image music:【WHAT PLANET IS THIS.】_ Seatbelts.