ハニーカラー


「いいな、コレ」


眼前には見事な揚羽蝶と大輪の牡丹の花。
そして不思議そうに顔を挙げた女子生徒。


「…どうも」


日本画科2年、
その技法、特に伝統技法に関しては他の追随を許さず、
しかし蝶や花をモチーフにした画ばかりを描く"変わった人間"として、
日本画科ではちょっとした有名人でもある生徒だ。
中森先生曰く「勿体無い…」とのことで。
他にも描かせたい、それが本音であるようだった。


「俺、日本画好きなんだよ」
「そうなんですか」
「ああ。この絵の具のザラザラ具合がイイ味出してるよな」


繊細で、流麗な。
涼やかで凛とした、しかしどこか冷めたような。
彼女の画は全て、流れ落ちるような曲線で描かれている。
有機の中にほのかな無機質さの漂わすそれは、彼女の内側を表しているようにも思えた。


「…ありがとうございます」


ふっと浮かべられた、少しばかり照れたような柔らかな笑み。
けれど微かに失望のない混ざった寂しげなそれは、とても静かなものだった。

門外漢が、無謀にも考察なんてものを巡らせてみる。
人当たりは良いが、人付き合いはあまり深くないのだろう。
物腰は穏やかだが、常にどこか遠くから傍観してる節があるのだろう。
綺麗なモノは好きだが、人工的なモノは嫌いなのだろう。


「こう…緩んだ結び目がするりとほどけ落ちるような絵だな」


まるで掌で掬った水が、指の間から零れ落ちていくように。
彼女にとって世界は、さしずめ頬を撫でてすり抜けていく風のようなものなのではなかろうか。


「───…」
「あと君、猫舌じゃないか?」
「え」
「熱いお湯は苦手なんだろ。
 だから絵の具もこうしてぬるい湯で溶いて使ってる」


あどけなく目一杯まん丸く目を見張った、綺麗なその顔。


「俺は好きだよ、君の画」


どうしてかその時の俺は、この顔を一生忘れないだろうなんて確信を覚えたものだったが。


「だからもっと存分に描いてしまいなさい」


それはきっと。


「はい…ありがとうございます、花本先生」





"運命"という名でくくられるものだったのだろうなんて、今の俺はあの瞬間を思い出すんだ。



はぐ馬鹿で苦労性でみんなのパパな花本先生が大好きなワケですよ。(笑)

image music:【ワルツ】_ スネオヘアー.