それは3年の夏だった。





「───…心を形にできればいいのに」





ずっと一緒に居たのに。
さすがに森田さんに適うとまでは豪語せずとも、
森田さんの大分下に位置するぐらいには彼女の近くに居たというのに。





「………あ、」





寂しげなその横顔に、彼女があの人に恋をしているのだと初めて気付いた。


ア ロ ウ


「………」
「………」
「…み、見てた?」
「おう」
「聞い、てた?」
「バッチリ」
「そ、…そうよね…」


盛大な溜め息と共に、絵具を溶いていた指先がぐたりと止まる。
白く、細く。
長い綺麗な人指し指。
画を描かせても料理を作らせても繊細な動きを見せるそれは、今は面影も無かった。


「バレたわよ、ね…」
「まあなぁ」


ぼそぼそと吐息混じりに会話を交わす自分達2人を余所に、
10メートル向こうでは花本先生とはぐちゃんが親子まがいに戯れ合っている。
花本先生の無骨な掌がはぐちゃんの柔らか髪を撫でる。
絵の具で顔を汚したはぐちゃんは手放しに嬉しそうに破顔する。
毎度の光景。
いつもと変わらない研究室の、日常の一角。
ああ、今までどうして気付かなかったのだろう。
の隠し方が巧みだったのは言うまでもないのだろうがそれにしたって。
つらつらと負け惜しみじみた思考を流しつつ、
床に対してきっちりと正座したの隣へとしゃがみ込めば、
再度盛大な溜め息を寄越された。
その肩の落としぶりは言外にも、
「今すぐ記憶喪失になれって言っても無理な話よね」と如実にも語っていて。
思わず苦い笑みが零れる。
普段から皆の(森田さんに関しては特に)"お母さん"的立ち位置に居るは、
花本先生ほどではないとはいえ自分達より一段視野の高い場所にいる。
それがこうして照れ交じりの溜め息を吐いて肩を落としているのだから、
可愛いとか嬉しいとかそんな事を思ってしまっても致し方ないというものだろう。


「水臭い」
「だって青臭いじゃない」
「それは俺に対する厭味か!」
「気のせいよ」
「否定はしないんだな…!」
「…本当青臭いわよね、私達」
「………」
「………」


3度目の盛大な溜め息。
今度ばかりは俺と共に見事なハモリを披露したそれ。
ぞんざいに絵具皿を床へと置いた
隣でがくりと頭を垂れた俺。
その共通点といえば、恋愛の対象の年齢が自分のそれよりも上だということ。
そして少なくはないハードルが今まさに眼前へと立ちはだかっていること。

けれど。


「前途多難ね、お互いに…」
「それはどうだろうな」
「?」





はぐちゃんがキャンバスに向かったのをいいことに、
絶妙な角度でもってしっかりとこちらへと視線を注ぐ花本先生に、
が気付くのはそれから随分と先の話。



(そりゃこんなオッサンよりも若い真山の方がいいよな…。
 いやでも真山はリカのことを…って俺が口を出すことじゃないしな…ぅあ"〜…!)

わりと大人の格好良さで真山の目に映ってるっぽい花本先生ですけど、
その実↑とかウダウダと湿っぽく悩んでるんですよ(笑)
映画の効果か、最近何やらハチクロ夢に嬉しいラブコールを頂くのでupしてみました。