トライ 
イット!


それは『無能大佐』なる愛称が東方司令部でにわかに流行り出した頃のこと。


「しかし『無能』とは傑作だったよなー!」


肉体的にも精神的にもすっかり復活を果たしたエドワード。
右腕の機械鎧オートメイルこそ破壊されて痛々しいが、
一つ吹っ切れたものがあったのか、表情はすっかり明るくなっていた。


「…随分と回復したようだな、鋼の」
「そりゃあ大佐の手厚い看病のおかげでもうすっかり」


そうそれは、東方司令部の大佐を大袖振ってからかえる程度に。

大佐』と『手厚い』を力一杯強調するエドワードの口振りに、
その思惑通りとは理解しつつも、ロイはひくりとこめかみと口元を引き攣らせる。
ともすれば気を良くしたエドワードは「なぁ?」と、
すこぶる人の悪い笑みを浮かべてへと話を振った。
するとロイいじめに乗らぬはずもないは、「それは可愛い弟達のためだものね」と。
「恋人なんて放置よ、放置」と語尾にしっかりとハートマークまで付けて肯定。
ロイの頭に『がーん』という効果音が石化して落ちてきたのは言うまでもない。


「しかし大佐は雨の日は本当に無能ですからね」
「ホークアイ中尉…!」


更に容赦無い一撃がロイを見舞う。
しれっと手痛い追撃を加えたのは、当の『無能』命名者であるホークアイ中尉。
東方司令部影の支配者でもある彼女のクールな発言に後押しされてか、
「無能だよな(ハボック少尉)」「無能ですね(ファルマン准尉)」
「無能だろうなァ(ブレダ少尉)」「無能、なんでしょうか…(フュリー曹長)」と、
部下達は堰を切ったように無能無能と連呼し出す。
しかもとどめとばかりに「無能だわね(大佐)」、
「無能大決定ってか!(ヒューズ中佐)」と親友二人に豪快に笑い飛ばされる始末。
堪忍袋の緒も何とやら。
いかに熱しにくく冷めやすいロイのポーカーフェイスをもってしても、
ワナワナと震える両肩はぶちギレる寸前であることを如実に語っていた。

しかし、ロイにとって本当の不幸はこれからだった。


「お前達、仮にも上司に対して無能無能と…!」
「あら、不能よりはマシじゃない?」


不能。
不能、と。

からからと笑うが、何を言ったのか一瞬理解できなかった一同は、
数秒の間、完全に停止する。
しかし。


「───ふ、不能…ッ!?」


次の瞬間には爆笑の渦へ。
一人不思議そうに小首を傾げる純粋なアルフォンス以外は皆腹の皮をよじれさせ、
ある者は自分のデスクへと腹を抱えて突っ伏し、
またある者は手近な備品をバシバシ叩いたりと、
それはもう見事に全力で笑い転げた。
ホークアイ中尉でさえ「、下品よ」と窘めつつも口元に添えた利き手は外せない様子。
一方、悲鳴のような声で鸚鵡返ししたロイの顔は、
ホークアイ中尉の『無能』発言を喰らった時よりも数段悲壮なものだった。


「ぎゃはははは!! 不能! いいじゃん、不能大佐!!」(エドワード)
「そうなりゃ寄って来る女も減るってもんっスね、不能大佐」(ハボック少尉)
「あら、そうしたら仕事の方もさぞやはかどるでしょうし、
 非常に助かりますね、不能大佐」(ホークアイ中尉)
「子供は可愛いぞぉ。
 なのに自分の子供の顔を拝めないなんて残念だなァ、不能大佐!」(ヒューズ中佐)
「というか不能のロイなんて体力の無い馬も同然よね、不能大佐」(大佐)


畳み掛けられる部下達のツッコミ、もとい悪口。
にいたってはかなり下品なブラックジョークである。
しかし誰一人としてフォローに回ろうとしないところが東方司令部の東方司令部たる由縁か。
それともロイの人望もその程度といういい証拠か。
どちらにせよ、この場でロイに味方は一人としていなかった。
四面楚歌、孤立無援というヤツである。


「───鋼のッ!!」
「言い出しっぺはだろ♪」
「だから何だ!!」
「そりゃ八つ当たりってヤツだぞ、不能大佐」
「知ったことか!」
「あら、認めたわね」
「ッ!!?」
「あっはっはっは!」
「〜〜〜ヒューズ!!!!」
「「何でしょうか、不能大佐?」」





その後しばらく、『無能大佐』と平行して『不能大佐』が流行ったのは言うまでもない。



大佐夢というか、ロイとヒューズとのマブダチ夢が書きたかっただけなのに…アレ?