アダジオ


「煙草は身体に良くないぞ」
「…よもやロイにそんなことを言われる日が来るとは思わなかったわ」


言えばはまずきょとんとしてみせて。
次いで控えめながら目を見張ってそんなことを言った。


「失敬な」
「だってねぇ?
 まぁヒューズには良く言われるけど」


『将来アイツの子供生むかもしれないだろ?』ってね。
くすくすと涼やかな声を立てて笑う。
艶やかなでありながら穏やかなその表情に、気付けば自然と弛んでなどいるこの口。

情事の後の、こうしたゆるやかな時間も好きだった。
キングサイズのベッドに仰向けに横たわる自分。
その真横にはベットの背もたれへと背中を預けて上半身を起こし、
胸元までシーツを引き上げ、珍しくもゆったりと紫煙を燻らす
全くどうしてイイ女だ。
そんなことを誇らしくげに唱えている内心に、我が事ながら溜め息を禁じ得なかった。


「これでも中央じゃ、セントラル一煙草の似合う女で通ってるのよ?」


知らないな。
不服を隠さずに言い捨てれば、「なら今知って頂戴」としたり顔を返された。

自分の知らない彼女が居るというのは実に面白くないことだった。
いっそ不快ですらある。
そうした瞬間、東方に居る我が身を殊更歯痒く思う。
布石の一石とはいえ、老獪共に東部へと飛ばされた自分。
所謂、『左遷』というやつだ。
とヒューズの親友二人から『栄誉ある撤退』だと慰められたものだが、
要するに"爪"を隠し損ねた自身の非、落ち度である。
…やはり"あの男"にはあの事件の時に『尊い犠牲』になって貰うべきだったか。
甘く燻る煙草の香りにまどろみながら、ぼんやりとそんなことを思った。


「何、不穏当なこと考えてるのよ」


どうにも彼女相手では考えている事など顔から筒抜けであるらしい。
殺気で眼が冷えてたわよと言って彼女は、
煙草を持つのとは逆の指先でこの髪をそっと撫でると可笑しそうに笑う。

彼女と居ると楽だ。
何一つ繕わずに済む。
思うがまま、在るがままに振る舞うことができる。
こういう状態を自然体というのだろうか。
演じることが常となってしまった今の自分には良く判らなかったが、
それはとても好ましいものであると、そう感じさせた。


「どうせ吸うなら香煙草にしたまえ」





取り上げた煙草越しに感じた彼女の味は、甘く、苦かった。



私がロイ夢を書くとギャクかシリアスかと両極端。

image music:【アダジオ】_ Orange Peco.