笑う蝶


はまるで蝶のようだな」


言えば、気怠げに髪を掻き揚げた彼女は大した感慨も籠らない表情を向けて寄越した。


「はぁ?」
「それも黒揚羽蝶か」
「…毒々しいとでも?」
「愛しくてたまらないと…そう言ってるのだよ」
「あのね…変化球にも程があるでしょうよ。
 それともついに焼きが回ったわけ?」
「はは、君以外に抱けなくなってしまったという意味では焼きが回ったかもしれないな」


未だ僅かに甘い熱を持つそれに、今宵幾度目か覆い被さる。
白いシーツ越しに、その艶美な曲線を掌でなぞる。
対して身じろぐことも甘い声を零すこと無く彼女は、
後手を窺うためか何か、静かにそれらを甘受していた。


「愛しい黒揚羽…」


ひっそりと呟いて、身を倒す。
その形の良い唇に自分のそれを落とす。
触れるだけの口付け。
離しざまにぺろりとその赤い唇を舐めれば、ゆったりと長い睫毛が上がった。
至近距離で重なる視線。
漆黒の瞳いっぱいに映り込む自分の表情。


「ひらひらと優雅に飛び交うその姿は見惚れるに過ぎる程美しいが」


掌で撫でた頬から鎖骨へと下り、指先で鎖骨伝ってそのまま肩へ。
肩から二の腕、肘を経由して指先にと、
ゆったりとラインをなぞり、辿り着いて掴んだ手首。
それを掴んだままに持ち上げて、指の先へと口付ける。
そしてそのまま彼女の耳横のシーツの上へと運び、
もう一方も同じ様にして白い肢体を再度ベットへと貼り付ける。

ともすれば、それはまるで。





「───同時に、ピンで貼り付けてしまいたい衝動にも駆られる」





白い箱の中に納められた、綺麗で残酷な黒い蝶々。





「危険思考」
「手厳しいな」


まさに一刀両断。
至極つまらなそうに言い捨てて彼女は、
片手首ずつこの手を振りほどくと、さっさと寝返りをうって眼下から脱した。

それに倣うように、自分も彼女の横へと身を横たえる。
そうして背後から抱きかかえてしまおうとすればそれより早く、
彼女は上半身だけを捻って振り返ると、
呆れたような声色と表情で、反して柔らかな仕草でもってこの前髪を撫でて言った。


「アンタは不器用過ぎるのよ」
「…まったくだ」


もう苦笑する他無い。
苦く笑って肺の奥から吐き出した溜め息に、彼女は可笑しそうに声を立てて笑った。


「それに…」
「うん?」
「貼り付けても、それが私なら羽を引き千切ってでも飛んでくわよ、きっと」
「───…そうだな」


いつかこの愛情が彼女を白い箱の中へと貼り付けようとするかもしれない。
仄冥い感情となって、彼女そのものを傷付け、奪おうとする日が来るのかもしれない。
けれど、彼女は。
ならきっと。


「元より、大人しく貼り付けられてやるようなタマじゃないしね?」





その時は。
そんな愚かな自分のを腕を振り払って、高みから見下ろし誇り高く笑ってくれるのだろう。



遠回しに危惧を告白する不器用なロイに、遠回しに大丈夫だと笑う器用なヒロイン。
ホント判りにくい文章…(汗)

image music【銀猫】_ THE ROAD CREATERS.