ファースト
コンタクト


───ジリリリリン…


「はい、もしもし!」
『突然のお電話失礼します。そちらは六氷魔法律相談事務所でよろしいでしょうか?』
「はい、六氷魔法律事務所です」
『私、と申します。
 六氷執行人は御在宅でしょうか?』
「え、ムヒョですか…?」
『はい。いらしたら取り次ぎ願いたいのですが』
「は、はい!」


朝食の支度中だったエプロン姿のロージーは、
一旦受話器を保留すると、お玉片手にベッドで爆睡するムヒョの元へと駆け寄った。


「ムヒョ!」
「あ"ー…?」
「ムヒョに電話だよ、女の人から」
「女ァ?」
「えっと、確か『』さんって人から」
から…?」


執務卓上へと所在無さげに置かれた黒電話。
時代錯誤なそれはコードレスな子機などという標準機能など搭載していない。
しかし特に問題は無かった。
執行人であるムヒョのベッドに届くだけの長さが受話器の線にはあったからだ。


「ち…っ、貸せ」


睡魔に目を擦りつつロージーから受話器を奪い取ったムヒョ。
寝ぼけ眼ながらもしっしと手を振って助手をキッチンへと追いやると、
わざわざ彼に背を向けてから、おもむろに受話器を耳にあてた。


「もしもし…あぁ。…死なない程度にな。ヒッヒ…まぁな……あぁ。
 はッ。お前の事だ…相変わらずなんだろうが。聞くまでもねぇ……あ? …アホか」


いつになく機嫌良さそうに話すムヒョの様子に、
味噌汁をお玉でかき混ぜながらロージーは妄想を巡らす。
凛と張りのある声だった。
良く通る、鼓膜に心地良く馴染むその声。
『六氷執行人』との呼び方に最初は魔法律協会の人間かとも思ったが、
彼女の名前を告げた時のムヒョの反応は彼等に対するそれではなかった。

それに何よりも、ムヒョは1番素に近い声色で彼女の名を呼んだ。


「で、何の用だ? まさか世間話しにかけてきたわけじゃねェだろ……おい。
 …うるせぇな。たりめーだろ。……最初から入れ。
 ………お前の方にもか。あぁ。…コッチもだ…いや、…そうか。判った」


途切れ途切れに聞こえてくるその会話も、協会の人間に対する口調じゃない。
というか常に用件だけを簡潔に述べて用が済んだら問答無用にも電話を切るムヒョ。
そのムヒョがこんなに長く受話器を握ったままでいるのは初めて見るような気がする。
最長記録じゃないか?
ホント一体誰なんだろう。
幼なじみ?
親友?
もしかしたら彼女?
だとしたら一体どんな人なんだろうか。


「…はァ!?」
「へぁ!?」


突然、声を荒げたムヒョに、考えていた事が考えていた事だけに肩を跳ね上げたロージー。
思わず炊き立てのご飯をよそりつけたその茶わんを落としそうになって、何とかキャッチする。
危なかった。
ほっと一息、溜め息を吐く。
そうして横目にもそろりと様子を窺えば、
ムヒョはまるでバネ仕掛けにもガバリとベッドから上半身を跳ね起した。
どうやらロージーの挙動不審にも気付いていないらしい。
というよりもそれどころではないようだ。
こめかみに青筋は立ててこそいないものの、明らかに不愉快そうなその表情。
何が。
何があったのか。
ただただ成り行きを見守るしかないロージーがごくりと唾を飲み下すと、
ムヒョは赤ら様な舌打ちをし、鋭い目付きで事務所の入り口を睨み付けた。


───ピンポーン…


「…おい、ロージー」
「な、何っ」
「開けてやれ」
「へ?」
「さっさと開けろっつってんだよ、このヘッポコ」
「は、はいっ」


一体、この扉一枚向こうに誰が居るのか。
否、一体何があるのか。
掌にじとりと汗が滲む。
さっき味噌汁を味見したばかりのはずの口内は、カラカラに乾いていた。
背後から「早くしろ」というムヒョの声が突き刺さる。
覚悟を決めるほかないらしい。
頑張れ、頑張るんだ自分。
意を決してドアノブを握る。
ゆっくりと慎重に横へ回す。

ええい、なるようになれ!


「どうも、こんにちは」
「………え?」
「あ、君が草野次郎君かな?」


聞こえてきたのは、どうしてか聞き覚えのある女の人の声。
名を呼ばれて恐る恐る目を開ける。
黒いコート。
グレイのマフラー。
耳に当てられた赤い携帯電話。


「朝っぱらから押し掛けちゃってごめんね。お邪魔します」


そして見知らぬ女の子のにこやかな笑顔。


「はぁい、ムヒョ♥
 久しぶりだけど相変わらず寝坊助さんねー。何より何より」
「オメーも相変わらず朝っぱらからテンションぶっ飛んでやがるな」
「あのねぇ…もう朝の10時よ?
 普通の人間ならとっくに活動状態にある時間帯なの」


顔を合わせたが早々、皮肉の応酬。
何やら年期を感じさせるそれをいまだ扉に手を掛けたまま呆然と見つめる、
現実に大分遅れをとっているロージーに一つ苦笑を浮かべると、
「お邪魔するわね?」と再度告げて彼女は、彼に代わって事務所の扉を閉めた。
その音にはっと我を取り戻したらしい。
あわあわと、もはや何を重点に慌てたら良いのかとロージーはそこから慌て出す。
そんな二人を視界に収め、赤ら様な溜め息を吐いてムヒョはようやく重い腰をベッドから上げた。


「おいロージー」
「は、はいっ」
「コイツはだ」
「え…、って…あ! さっきの電話の!」
「そう。ちょっとした遊び心のつもりだったんだけど…驚かしちゃったみたいね」
「あ、いいえ、そんなっ」
「ヒッヒ…、このビビリが」
「ムヒョ!」
「あははー」


差し出された綺麗な手。
細くしなやかな、けれど古傷の目立つその白い肌。


「それじゃ改めて。
 初めまして、草野次郎二級書記官。
 私は
 ムヒョと同じ執行人で、ムヒョとはMLSの同級生にして親友なの。
 ちなみに今1番の野望はムヒョのお嫁さんになることかな♥」


辿々しく重ねれば、優しく握り返されたその掌。


「よろしくね、ロージー君」





「飯だ、飯!」とムヒョの不機嫌な声が上がった。



ちょっと書いてみたくて書いてみたムヒョとロージーの魔法律相談事務所な夢。
もうムヒョがエグ可愛くて大好きです。