ただ
きみだけが


あの日。
街を白い不幸が覆った災厄の日。


「もうやめて、エンチュー」


彼を止めたいと思った。
彼の気持ちに答えることはできないけれど。
これは私の盛大な自己欺瞞なのかもしれないけれど。
止めたいと、そう思った。
私にとって彼は大切な友人だったから。
そして今も、豹変してしまった彼を目の前にしても、その気持ちは変わらなかったから。


「やめて…」


だから。


「───なら、も一緒に来てよ」


彼の変異に気付けなかった咎を、それで贖えるのなら。


「僕と、来てよ」


たとえ引き戻せなくとも、これ以上彼を進ませずに済むのならば。


「ムヒョなんかじゃなくて、ねぇ、僕と行こう?」


それでも、いいと思った。





「───馬鹿が」





けれど。


「!」
『ムヒョ…!』


差し出されたエンチューのそれへと伸ばしかけた手を。
横暴に引ったくった小さなその掌に私は、全てを放棄して。


「大した自己犠牲だな」
「………」
「悲壮を気取って、悲劇に酔い痴れて…どうだ、満足したか?」
『ムヒョ…!!』
「ふん…悪いがな、エンチュー」


エンチューの手を握るはずだったその手で。





「───コイツはくれてやれん」





ムヒョの掌を握り返してしまった。










あの日。
白い不幸が街を覆った災厄の日。


「…帰るぞ」


彼を止めたい。
そう思ったのは本当。
そのためなら彼と闇に捕えられてもいいと思ったのだって本当。
けれど。


「…ごめん」
「………」
「ごめんね、エンチュー…っ」


私は、結局最後まで彼を傷付けただけだった。


「ごめんね、ムヒョ…ッ」


私のくだらない自己欺瞞で、ムヒョの傷までも抉り付けてしまった。


「わた、し…っ」
「帰るぞ」
「ムヒョ、私は…!」
「っるせェ!」
「ッ!」
「いいか、二度とこんなふざけた真似はするな」


でも。
それでも。
強く握られた掌は痛くとも、とても温かくて。





「───…俺はお前を、アイツの所になんざ裁き送ってやる気は無ぇ」





ああ、私にムヒョ以外の手を掴めるはずなんてなかったんだ。



そうただきみだけがわたしをさばくだんざいのつるぎ


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