「魔法律第714条『物体無断寄生』及び、『食人未遂』の罪により…」


白い指先が、蒼白い月光の下に薄らと光り輝き伸ばされる。


「魔列車の刑に処す」


頭上には白い弓張り月。
その下弦の弧をなぞるが如く現れた、冷厳に輝く白銀の魔列車。
鼓膜を引き裂く怨霊達の断末魔。
魔法律書片手に、それらを眉一つ動かさず眺めては静かに口を開く。


「───地獄への轢路を、その身をもって味わうがいい」


静かな宣言と共に、先程までの凄惨な光景がまるで嘘のように冴えた夜が帰ってきた。


ただ
それだけの


「お疲れ〜」
「はい、お疲れ様」


パタンと魔法律書を閉じるとは、
何とも年寄りじみた動作でもってコキコキと首を鳴らした。


「相変わらず見事な手際だな」
「誉めても何のサービスもないけど?」
「そりゃ、残念」
「元よりCカップになんて何も期待してないクセにー」
「ばっか! 胸はボリュームも大事だが、同じぐらい形も大事なんだぞ!
 お前の胸の形は俺がバッチリ保証するぜ!」
「はいはい。御高説どうもセクハラ裁判官」
「セクハラってお前な…」
「あ、セクハラじゃなくてワイセツだったね。失敬失敬、ワイセツ裁判官殿」
「セクハラワイセツ言うな!」


見上げれば銀色の月。
ひんやりとした澄んだ光が蒼白く帰路を照らし出す。


「それにしてもお前の魔列車、何か前よりパワーアップしてないか?」
「ふふー、ビコに手伝って貰って、
 ちょっくら魔法律書の契約ランクを2つほど上げてみましたー」
「2ランクアップ!?」
「伊達に馬鹿力ならぬ馬鹿煉は持ってませーん」


の魔列車はムヒョのそれと違って白銀に冷たく輝く銀鋼の汽車。
車体は、外装と同じく白銀に輝く鋼鎖を無尽にまとい、
またその鎖が霊を搦め取り、刺し貫き、光無き車内へと引き摺り込む。


「あー、でも連日魔列車なんて大技ぶっ放してたからさすがに疲れちゃった」


冷たく輝く月色の白鋼汽車。
それは、未だに自分を許せないでいるを映し出す自責の色。


「ヨイチ、ごはん」
「…俺はお前の旦那か何か?」
「ダメ。私の旦那さんはムヒョ以外にありえないから」
「うぉーい。それが今から飯をたかる相手へのおねだりの言葉かよ」
「私、ボンゴレ・ビアンコがいいなぁ。
 あー、でも豚キムチスパも捨て難いしー…」
「聞・け・よ!」
「あのねヨイチ」
「だから…」


話を聞けよ、と。
言おうとすれば口が開くより先に、一歩前を歩いていたの膝がかくりと折れた。


「今壮絶に眠、ぃ…───」


それはまるで糸が切れて崩れ落ちる操り人形のようだった。


「…っと!」
「………」
「馬鹿野郎が…疲れてるんならもっと疲れてますって顔しろよ…、ったく」


折れたの膝が岩畳に叩き付けられる前に、危うく背中のキャッチに成功する。
華奢な身体。
静かな呼吸。
幼気な寝顔。
今やムヒョに次ぐ秀才ルーキーと知られる
さすがに真正の天才であるムヒョに及ぶほどの鬼才さはないが、
ムヒョをも凌駕する膨大な煉、そしてムヒョにはない社交性を持つ奇才のは、
何かと協会から寄ってたかって大きな任務を任される。
で、「エンチューの動向を掴める可能性が僅かにでもあるのなら…」と、
それらの全てを片っ端から引き受け且つこなしてしまうから厄介だった。


「はぁ…こういうのはさ、お前の役目だろうが…」


その度にの現・相棒である俺はこうして、
事あるごとに華奢な身体を背負って一人寂しく夜道を歩くハメになるのだ。





『白に黒が混ざれば穢れるのは自明の理だ』





そしてその都度、脳裏へと甦る親友の言葉。





『だが黒に白が混ざればそれは、果たして浄化と言えるのか?』





それが正解なのか不正解なのか、俺には今も判じられないが。





『───アイツと俺の間には、互いに蝕み合わないような一線が必要なんだよ』





それはただ一度だけ垣間見た、ムヒョの危惧。





「ぅん…」
「ん? 起きたか?」
「起きてない…」
「ハハ、寝惚けてんのな」
「ヨイチー」


うなじをくすぐる、の辿々しい声。
MLSの頃と変わらない、
おそらく俺やムヒョの前ではいつまで経っても変わらないのだろう無防備なそれ。
甘えるようにこの肩へと頬を擦り寄せては、何とも腑抜けた声で俺の名前を呼ぶ。
それこそ、のこんな声を聞くのは俺の役目じゃないだろうに。
苦笑を噛み殺しながら「何だ?」と背中の重みを背負い直した。


「今度、ムヒョ呼びつけて一緒にごはん食べようね」


ああきっと、背中のはこれ以上無いぐらい無防備に微笑ってるんだ。


「ああ、そうだな。
 お前が過労で倒れたとか何とか言えば、一発で駆け付けて来るぜ、アイツ」
「説教しに?」
「そ」
「でも嘘はダメ」
「へーへー」
「ヨイチが女性関係でヘマやらかして協会から謹慎処分を受けたって言えば、
 ムヒョったら一発で駆け付けて来るよね。
 しかもビコお手製の魔法陣使って。それもたぶん5分以内に」
「嘘はダメなんじゃなかったのかよ…」
「嘘から出た真ー」
「出すか!」



ただそれだけの。
ただそれだけのことをお前に知らしめてやりたいよ。


2巻発売記念、というかヨイチも好きーというわけでヨイチと友情な夢を。
つか、ウチってムヒョ夢の需要あるんですか…!?